映画「友罪」もし隣にいる友達が少年Aだったら…【あらすじ/ネタバレ】

「友罪」チラシ

こんにちは。

エンタメブリッジライターのhappaです。

今回は、映画「友罪」をご紹介します。

この映画は、薬丸岳の同名小説を原作としています。

友人が過去に犯罪を犯していたと知っても、それでも友達でいられるか…

気軽に見るにはあまりにも重いテーマの映画ではありますが、私はそれでもこの映画を見ることをおすすめしたいです。

では、早速ご紹介していきます。

1.「友罪」の作品紹介

公開日: 2018年5月25日
監督: 瀬々敬久
原作者:薬丸岳
出演者:生田斗真、瑛太、佐藤浩市、夏帆、山本美月、富田靖子、奥野瑛太、飯田芳、忍成修吾、西田尚美、青木崇高、他。
受賞歴:第92回キネマ旬報ベストテン日本映画第8位

2.「友罪」のあらすじ

友罪 画像
画像出典;https://eiga.com/movie/87548/gallery/

それでは、「友罪」のあらすじをネタバレなしと、ネタバレありに分けてご紹介していきます。

ネタバレありの方ですが、群像劇ということで、本当はもう少し各パートの描写が丁寧です。

ただ、全部書くと長くなりすぎて読まれる方も疲れてしまうと思うので、メインの生田斗真さんと瑛太さんの益田・鈴木パートと、私が個人的に1番見ていて辛いな…と思った佐藤浩市さん演じる山内パートを中心に書いていきたいと思います。

「友罪」のあらすじ(ネタバレなし)

ある出来事から雑誌記者を辞めた益田は、工場で働き始めます。

同じ時期に工場で働き始めた鈴木は、無口で人と関わることを避けている様子でしたが、2人は徐々に仲良くなっていきます。

しかしそんな時、益田は偶然調べることになった17年前の連続児童殺傷事件の加害者が鈴木に似ていることに気づきます…。

「友罪」のあらすじ(ネタバレあり)

元雑誌記者である益田は、1ヶ月の試用社員として工場で働くことになります。

そんな彼と同じ時期に、鈴木という男も働きはじめ、彼らは2人の先輩と一緒に寮生活を始めます。

先輩たちに気を使う益田に対し、鈴木は無表情で愛想もありません。

正反対に見える彼らですが、共通点があります。

それは夜、うなされていることです。

どうやら彼らの過去が関係しているようです。

同じ時期、ある事件が起きます。

それは小学生の男の子が腹部を刺されて殺されるという残酷なものでした。

現役の雑誌記者であり、益田の元恋人である杉本はこの事件の取材をすることになります。

彼女の上司はネットでこの事件の犯人は17年前の連続児童殺傷事件の犯人、少年Aなのではないかという噂を見つけ、その線で記事を書くよう彼女に言います。

噂が真実である可能性は低いですが、話題性を重視した選択でした。

さて、ちょっとややこしいですが、ここでもう1人の男、タクシー運転手として働く山内が登場します。

彼の息子は、少年の頃無免許で車を運転し、3人もの小学生の子どもの命を奪ってしまったのです。

それをきっかけに、彼は家族を解散し、遺族の元にお金を送り、謝罪し続ける日々を送っているのです。

では、益田と鈴木の物語に戻りましょう。

愛想が悪く、謎が多い鈴木は工場では“嫌われ者”でした。

寮の先輩はそんな鈴木の部屋をこっそり調べようと言い出します。

気が乗らない益田ですが、断れば自分も同じような立場になってしまうことを恐れ、一緒になって部屋に忍び込みます。

彼らは、1冊のスケッチブックを見つけます。

そこには、裸の中年女性の絵がありました。

ある時、益田は鈴木に、彼がいじめを苦に自殺した中学の同級生に雰囲気が似ていると言います。

「俺が自殺したら悲しい?」と聞く鈴木に、益田は「悲しいに決まってる、当たり前だろ」と答えます。

鈴木はある日、人に会いに遊園地に出掛けます。

その相手はスケッチブックの絵の女性でした。

彼女は少年院で働いており、鈴木の更生に携わった過去を持っていました。

鈴木とは偽名で、彼こそが少年A、青柳健太郎だったのです。

そんな時、鈴木はある女性に出会います。

藤沢というその女性が、元恋人のDVから逃れるのをたまたま助けたのがきっかけでした。

一方益田はある時、慣れない工場の作業と重労働の中で、機械で誤って指を切断してしまうという事故を起こしてしまいます。

しかし、鈴木の対応のおかげで、切断した指を手術で元通りにすることが出来ます。

益田の退院祝いには藤沢も訪れ、皆でカラオケを歌って一時の楽しい時間を過ごします。

鈴木も最初の頃の無表情ではなく、楽しそうにしていました。

そんな鈴木の姿が嬉しかった益田は、彼が歌う様子を動画に撮ります。

一方で、記者の夢も捨てきれない益田は、元恋人杉本から 17年前の連続児童殺傷事件について意見を聞かせてほしいと頼まれたのをきっかけに、事件について調べ始めます。

そして、あるサイトに少年A青柳健太郎の写真と、彼の更生を担当した少年院の職員の写真が載っているのを見つけます。

顔写真は鈴木によく似ており、職員はスケッチブックの絵の女性でした。

益田は今や友達となった鈴木が、少年Aなのではないかという疑いに苦しみます。

さて、ここで山内の物語になります。

彼は、義父のお葬式で、妻と10年ぶりに再会します。

山内は妻から、息子が結婚を考えている人がいると聞かされます。

そして、相手のお腹の中には赤ちゃんの命も宿っているというのです。

ショックを受けた山内は息子に会いに行きます。

そして、

お前のために家族を解散したのに、お前が家族を作ってどうする。

と息子を責めます。

益田と鈴木の話に戻ります。

ある時2人が寮に帰ると、先輩がアダルトビデオを見ていました。

寮のポストに入っていたというのです。

そこには鈴木と距離を縮めていた藤沢の姿がありました。

元恋人に、強制されて出演させられたものでした。

鈴木はテレビをバットで殴ります。

それに怒った先輩に殴られる鈴木を見て、感情が爆発し、益田もバットで本棚を殴ります。

鈴木は藤沢のもとへ向かいますが、彼女は元恋人の差金でレイプされ、ビデオを撮られ、ボロボロになっていました。

彼女は鈴木に

私なんか迷惑かけるだけで、汚れてて、生きてちゃいけない。

と言います。

さて、一方で益田は、連続児童殺傷事件の犯人の青柳の元同級生に会いに行ったことで、青柳=鈴木であると確信します。

そして、元恋人の杉本に事件について自分が書いた記事を見せます。

彼は

もし、自分の好きな人や、友達が殺人者だったら?

という問いを投げかけます。

そして、鈴木のカラオケの動画を彼女に見せます。

そんなことがあって、寮に帰った益田は、鈴木に一緒に公園で飲もうと誘います。

鈴木はそこで、

子供の頃、人を殺してしまった。

と打ち明けます。

同じように夜うなされて苦しむ益田なら分かってくれるんじゃないかという鈴木に、益田は

お前は自分のことばっかりだ。

殺された人の命や、家族の苦しさはどうなるんだ。

あいつら死んでもういない。

だから抱えるしかない。

と言います。

それに対し、鈴木は自分は生きる価値がないのは分かってる。

だけど俺、生きたいんだよ。

と言います。

そんな時、益田の元恋人の杉本の記事が雑誌に載ります。

そこには、益田が見せた鈴木の動画の写真が載っていました。

益田は彼女に裏切られたことでショックを受けます。

記事は藤沢も見ていました。

彼女は鈴木が少年Aだと知り、鈴木からの会いたいというメールに、ごめんなさいと返信します。

翌日、鈴木の部屋は、ありがとうと書かれたメモを残して、空っぽになっていました。

ここで少しだけ、山内の物語になります。

山内は息子の結婚が許せず、子供のこともどうしても認められません。

そんな彼に息子は電話で、

自分の罪は自分で償う。

俺たちのこと忘れてくれ。

俺もあんたのこと、忘れるから。

と伝えます。

山内は今まで被害者家族にお金を送り、謝罪してきましたが、それは本当に被害者家族のためだったのか、というのが彼のパートが提示する問いだと思います。

家族を解散し、いつかまた本当の家族に戻る。

そのための行動は誠実なようで、どこか独りよがりに映ります。

結局彼は家族を本当に失ってしまうのです。

さて、最後に益田と鈴木の物語に戻ります。

ここで初めて 、鈴木へのメッセージの形で益田の罪が明かされます。

自殺した中学の同級生の学は益田の大切な友達でした。

しかしある時、学校で葬式ごっこと言って、クラスのみんなが学にお悔やみの言葉を色紙に書いて渡すことになります。

断れば自分がターゲットになると思った益田は、そこに“じゃあね”と書いてしまいます。

その夜、学から「もう限界だよ。僕が死んでも構わない?」と電話がかかってきます。

益田は

勝手にすれば。

と答えてしまうのです。

学との最後の会話でした。

そこから益田は、学を自分が殺してしまったと罪を抱えて生きてきたのです。

そして、益田はまた、鈴木に対しても罪を犯してしまった、と語ります。

益田は、学が自殺した場所へ。

鈴木は、少年を殺した場所へ、それぞれ向かいます。

今まで戻って来ることが出来なかった場所です。

そこで初めて、自分の罪に本当に向き合うことになるのです。

3.「友罪」のみどころ

友罪 画像
画像出典;https://eiga.com/movie/87548/gallery/

続いて、「友罪」のみどころを2つの視点に分けてご紹介していきます。

重いテーマでありながら、引き込まれて観てしまう秘密はここにあるんじゃないかなと思います。

群像劇としての魅力

友罪 画像
画像出典;https://eiga.com/movie/87548/gallery/

この物語にはメインである“益田と鈴木”の関係の他にも様々な人物のパートが存在します。

息子が事故で小学生の子供の命を奪ってしまった山内と、ネタバレではあまり触れていませんが、青柳の更生担当だった少年院の職員、白石とその娘との葛藤も重要なパートになっています。

それぞれが、家族や友達、恋人とどう関わっていくか、そこに立ちはだかる犯罪いう壁にどう向き合えばいいのかの葛藤が描かれます。

群像劇といえば、様々なパターンがありますよね。

例えば、最初はバラバラだった各パートの登場人物たちが最終的に一堂に会するなんてパターンもあります。

観客は群像劇には各パートに何かしらの繋がりを求めるものだと思います。

では、この映画の場合はというと、過去の罪と贖罪が彼らを繋ぐ要素になっています。

しかし、単にそれらを並べるだけでは面白くありません。

群像劇としてのこの映画の最大の魅力はその編集のうまさにあります。

この映画ではそれぞれのパートの登場人物たちの感情がパートをつなぐ手助けをしたりします。

例えば、各パートの登場人物たちが歩いているカットが連続して繋げられている時、彼らは皆、ただ歩いているだけでなく、自分の1番大切な人のことを考えながら歩いているのです。

そしてまた、群像劇という手法は、罪を背負うというテーマに対する答えが1つではなく、簡単でもないからこそかもしれません。

彼らの行動の数だけ、答えがあるのではないでしょうか。

役者陣の演技

友罪 画像
画像出典;https://eiga.com/movie/87548/gallery/

突然ですが、殺人者の気持ちを理解することが出来ますか?

私も私なりに、考えてみました。

この映画の原作のモデルになったという、神戸連続児童殺傷事件のことも、改めて調べてみましたが、知れば知るほど、犯人少年Aが理解できませんでした。

ほとんどの人がそうなのではないでしょうか。

そんな少年A、鈴木を演じるのは、瑛太さんです。

すごいです。

最初の、全く感情を見せない演技から、不器用に感情を見せ始める演技まで、その過程が本当にすごいです。

そしてラストシーンの、笑っているのか、泣いているのかわからないような表情が、あまりにも大きな罪を犯したことで人の道から外れてしまった、それでも人間として生きたい鈴木を完璧に表現しています。

そしてもう1人、私が演技に注目してみていただきたいと思うのが少年院の職員、白石を演じる富田靖子さんです。

映画を通して母のような存在として登場する彼女ですが、少年院の仕事場での迷いのなさと、自分の娘に見せる自信のない表情の差を絶妙な演技で表現されています。

芯の通った表情が、本当に美しいです。

4.“瀬々敬久の映画”としての「友罪」

瀬々敬久 画像
画像出典;https://eiga.com/person/44334/gallery/0560284/

この映画は原作があり、基本的にはそれに忠実に作られています。

しかし、私は「友罪」を初めて見たとき、これは紛れもなく瀬々監督の映画だというイメージを持ちました。

もちろん原作や、プロデューサーも、脚本家もキャストも、重要な役割を果たしているのは承知の上で、あえて、監督瀬々敬久の映画という視点からこの映画を見てみたいと思います。

「ヘヴンズストーリー」と「友罪」

ヘヴンズストーリー 画像
画像出典;https://eiga.com/movie/55577/gallery/

「ヘヴンズストーリー」は、瀬々監督の2010年の映画です。

全9章、278分に及びます。

そこで描かれるのは、「普通の人が殺す、殺される」ことです。

実はこのテーマは、瀬々監督が一貫して取り組んできたテーマでもあります。

「ヘヴンズストーリー」は公開館数も少ない自主映画であり、「友罪」はスターキャストも使い、製作費も莫大で、興行的な面から見るとかなり差のある2作ですが、内容的な面で見ると、実は非常に近い作品であることが分かります。

「ヘヴンズストーリー」と、「友罪」の中にはある共通する表現が出てきます。

それは“怪物”と“化物”です。

前者は「ヘヴンズストーリー」の冒頭の語りに登場するもので、後者は「友罪」の中で白石の娘が少年院にいる少年を指していう言葉です。

彼らは本当に怪物・化物なのか、2つの映画はそれを問うている気がします。

また、「ヘヴンズストーリー」の中で、家族を殺された過去を持つが今は再婚し、愛する家庭があるトモキという男が、同じく家族を殺されたサトという少女に「家族を殺された人間は幸せを願っちゃダメかな」と聞きます。

するとサトは「ダメだと思います」ときっぱりと答えます。

では「友罪」ではどうでしょうか。

実はこの会話が加害者の家族として反復されるのです。

山内の息子の婚約者の、「罪を犯した人は幸せになれないんですか?周りの人も一緒に笑ったりできないんですか?」という問いに対し、山内は「できない。」と答えます。

この2つのシーンを考えると、罪の重みというものはそれを犯した側だけでなく、被害者の側まで背負わされるものなのかなと思わされます。

だからこそ、「ヘヴンズストーリー」では、最後に被害者の遺族と加害者の対峙があります。

主人公サトの家族を殺した犯人は自殺してしまいこの世にはいませんが、サトが自分の代わりのように思っている同じく犯罪被害者の遺族のトモキが犯人と対峙するのです。

この対峙はある意味では双方に対する救いでもあります。

しかし、「友罪」の益田と鈴木にはそれがありません。

益田は、学の母に真実を打ち明けることが出来ず、また鈴木にはその相手すら実際には登場しません。

「ヘヴンズストーリー」でサトが家族と再会した草原がその名の通り天国だったとしたら、「友罪」で益田と鈴木がラストシーンでいる場所はどこまでも地上なのかも知れません。

だからこそ、「抱えて生きるしかない。」という言葉が重みを増して響いてきます。

「友罪」と「ヘヴンズストーリー」は、他にも共通点や対照的な点など沢山あって、比べてみると面白いです。

2つの作品を観ることでより深く、「友罪」が投げかけるテーマについて考えることができるので、気になった方はぜひどちらも観てみてください。

瀬々監督から考える映画界のこれから

友罪 画像
画像出典;https://eiga.com/movie/87548/gallery/

ちょっとテーマが大きいんじゃないかとビクビクしながら書きますので、温かく見守ってください。笑

2018年の瀬々監督作は「友罪」以外にも実はもう1作あって、「菊とギロチン」という、これは「ヘヴンズストーリー」と同じ自主制作映画です。

2017年には「最低。」、「8年越しの花嫁 奇跡の実話」、「なりゆきな魂、」。

そして2016年には「64-ロクヨン-(前編/後編)」。

最近の3年だけみても、それぞれの作品の興行規模の差が分かると思います。

ここまで自由に、大規模作と中規模作そして自主制作映画まで横断している監督は、日本の映画界ではかなり珍しいと思います。

「友罪」のように、興行規模の大きい映画でありながらも、瀬々監督らしい作家性を持つ映画ももちろんあります。

しかし、それでも本当に撮りたい映画を撮るためには、自主制作という困難な手段を取らざる得ないところに、映画界の問題も同時に感じます。

どれだけヒットするかを最優先に考えれば、映画製作会社で通る企画というのは限られてくると思います。

日本は特に、映画の企画を通すのが難しいと聞いたことがあります。

しかし、監督が本当に撮りたいものをみたいという気持ちはやっぱり映画ファンにはありますよね。

Netflixは、普通の製作会社は敬遠するようなテーマのものでも莫大な予算を提供したり、配給したりするということで、映画界に新しい風を送り込んでいます。

では、そこに劇場映画はどう対抗していく、もしくは共生していくのでしょう。

瀬々監督のような自主制作という手段はもちろんありますが、「菊とギロチン」の製作時も、なんとか撮影は出来たものの、そこで制作費が底をついて、編集前に再度クラウドファンディングなどでお金を集めているのを当時Twitterで見た記憶があります。

そこまで大変なことをできる人というのは、やはり限られてくると思います。

映画界が監督や映画を作る側にどれだけ寄り添って、映画作りを支えていけるのか、Netflixの登場などで変化が起きている今だからこそ、大切になって来るのではないでしょうか。

そして、配信も劇場映画も、それを選択するのは私たち自身ですよね。

映画の内容だけでなく、どうやってそれが私たちのもとに届いているかをちょっと考えてみるのも面白いかも知れません。

5.「友罪」はこんな人におすすめ

友罪 画像
画像出典;https://eiga.com/movie/87548/gallery/

何度も書いていますが、この物語は群像劇なので、様々な登場人物がいます。

境遇は違っても、「ああ、この人のこういう行動、私もするなぁ。」と感じることが、誰でも1つくらいは見つかるのではないでしょうか。

そういう意味では、皆さんに観ていただきたいのですが、その中でも特におすすめな方をご紹介していきます。

映画を観てじっくり考えるのが好きな人

「友罪」は、とても重いテーマを扱っており、1度観てすぐに自分の中で消化するのは難しい映画です。

単純の映画を観て、すぐに日常へ戻るのではなく、映画についてじっくり考えたい方におすすめです。

もし隣に座ってる人が犯罪者だったらと考えたことがある人

できれば、犯罪の加害者にも被害者にもなりたくないし、関わりたくもないけれど、実は実際に巻き込まれた人たちも同じように考えていたわけですよね。

映画に出てくるのも“普通の人”だったけれど、戻すことができない過去を持ってしまった人たちです。

隣りに座っている“普通”に見える人は犯罪者かも知れないし、極論ですが、自分自身だって“普通”だと思っているけれど、犯罪者にも加害者にもなり得るのです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です