2013年版「華麗なるギャツビー」ネタバレあり!のあらすじ、魅力、評価、見どころを解説!

ギャッツビーチラシ

どうも!エンタメブリッジライターのゴリラ対タイヤキです。相変わらず変な名前ですいません。

今回は2013年に公開された映画「華麗なるギャツビー」を取り上げます。

この映画の原作はF・スコット・フィッツジェラルドの1925年の小説「グレート・ギャツビー」です。

この作品はフィッツジェラルドの代表作で、アメリカ文学を代表する作品の一つと言われています。

また、Modern Libraryの発表した英語で書かれた20世紀最高の小説では堂々の2位を獲得しています。

映画化も、この作品を含めると5回されており、古いものから順番に、1926年、1949年、1974年、2000年、そして今作は5回目で2013年です。

これほどまでの名作ですから、原作を含めても偉大な評論家の方々の評価やレビューなど、数え切れないほど執筆されています。

そこに私ごときが…という気持ちはありますが、あくまでも「ゴリラ目線で」書いて行きますので、こういう見方もあるんだとでも思って頂ければ幸いです。

それではいってみましょう!

1.「華麗なるギャツビー」の作品紹介

公開日: 2013年6月14日(日本)
監督: バズ・ラーマン
原作者: F・スコット・フィッツジェラルド
原作: グレート・ギャツビー
脚本: バズ・ラーマン、クレイグ・ピアース
出演者:レオナルド・ディカプリオ(Leonardo DiCaprio)、トビー・マグアイワ (Tobey Maguire)、キャリー・マリガン (Carey Mulligan)、ジョエル・エドガートン(Joel Edgerton)、アイラ・フィッシャー (Isla Fisher)。

2.「華麗なるギャツビー」のあらすじ

華麗なるギャッツビー紹介
画像出典:https://warnerbros.co.jp

続いて華麗なるギャツビーのあらすじをご覧ください。

ネタバレなし版ではギャツビーがデイジーとのお茶会に参加するまで、ネタバレあり版のほうはラストまでを解説してあります。

結末まで見たくない方はご注意ください。

「華麗なるギャツビー」のあらすじ(ネタバレなし)

ニューヨークを去ったニックはギャツビーの事を思い出していた。

自分の人生に大きな影響を及ぼした人物ギャツビーと、彼と過ごした日々を思い出すと、何も手につかずに途方にくれる事が多かった。

書けばいい。

初老の紳士はニックに言った。

どうせ読者などいないんだ。気に入らなかったら破り捨てればいいだろう?

紳士に勧められるまま、ニックはギャツビーと過ごした日々を回顧録として書き始める。

ニックは好景気に湧くニューヨークに野望を持ってやってきた。

証券会社で働くために、まずは投資の勉強を行う。

そのために、ビーチサイドに家を借りたのだった。

入り江になっているビーチの対岸には彼の従姉妹のデイジーが嫁いだブキャナン邸がある。

また、彼が借りた家のすぐ隣には大きな城があり、毎晩パーティーが行われているようだった。

そんな彼のもとに、パーティーの招待状が届く。

彼は招待状を持って、パーティーに出かけた。

そこはこの世のものとは思えない程の豪華絢爛なパーティーだった。

スポーツ選手や女優、財界人やギャングまで揃っている。

主催者である家主はギャツビーという人物らしかったが、彼はパーティーには顔を出さないため、誰も彼の事を知らない。

参加者はみな、招待状を持っておらず、勝手に集まっていたらしい。

ギャツビーの事を、ある人はドイツ皇帝の弟と言い、ある人は殺し屋、またある人は他国からのスパイだとも言っていた。

そんな謎に包まれたギャツビーがニックのもとに現れた。

彼はギャツビーの「今まで見た中で最高の笑顔」に惹かれて彼と行動を共にするようになり、やがて2人は親友になっていった。

そんなギャツビーが、ある日ニックにある事を打ち明けた。

ニックの従姉妹であるデイジーとは5年前に恋仲にあり、別の人と結婚した今でも彼女のことが忘れられないのだと言う。

いつか彼女の事を迎え入れたい一心でブキャナン邸の対岸に家を買い、毎晩派手にパーティーを催しているらしい。

そしてギャツビーはニックに、彼女に引き合わせてほしいと頼む。

「華麗なるギャツビー」のあらすじ(ネタバレあり)

ニックは自宅でお茶会を開き、そこにギャツビーとデイジーを呼ぶ事にした。

5年ぶりに再会したギャツビーとデイジー。

2人は互いに緊張しているようだったが、1時間後には昔のような恋人同士に戻っていた。

ギャツビーはデイジーを自宅に招いた。

デイジーはギャツビーと甘い時間を過ごし、帰りたく無いと言う。

しかし結局、デイジーは自宅に戻っていく。

即座に家庭を捨てる事が出来なかったのだ。

2人が逢引を重ね始めると、デイジーの夫トムもギャツビーの事を怪しいと感じ、彼の身辺調査を始める。

やがてギャツビーはパーティーを開く事をやめ、デイジーとの2人だけの時間を大切にするようになる。

ついにギャツビーはデイジーを自分のものにする事を決意する。

彼はデイジーと彼の夫トム、そしてニックを自宅に呼んで、トムとデイジーを別れさせる事を決める。

ギャツビーはデイジーの口から「夫を愛した事は一度もない。」と言わせようとするが、デイジーが二の足を踏み、失敗に終わってしまう。

2人の男の間で板挟みに会いパニックに陥ったデイジーは、自宅への帰り道に不運にも夫トムの愛人を車で轢いてしまう。

その時、デイジーの運転していた車はギャツビーのものだったため、周りからはギャツビーがひき逃げしたと思われた。

ギャツビーはデイジーを自宅まで送り、自分も帰宅し、朝までデイジーからの電話を待った。

彼はプールで泳ぎながら、ずっとデイジーからの電話を待っていたが、彼女からの電話はかかってこなかった。

代わりに彼のもとに現れたのは思いもよらぬ客だった。

それはデイジーが轢いてしまったマートル夫人の夫、ジョージだった。

復讐を誓っていたジョージはギャツビーの背後からいきなり拳銃を射撃した。

銃弾はギャツビーの心臓を貫通し、彼は即死した。

ジョージもまた自身の頭を撃ち抜き、自殺してしまうのだった。

3.「華麗なるギャツビー」の見どころ


画像出典:https://warnerbros.co.jp

本作は映像的に、非常に豪華な映画です。

色彩や映像表現が素晴らしいので観ているだけで晴れやかな気分になれ、セレブリティの疑似体験ができます。

その中でも重要な役割を担っている「音と絵」の2点に絞って解説します。

華麗なる音楽

「ムーランルージュ」や「ロミオとジュリエット」を手がけたバズ・ラーマンは、音楽へのこだわりも非常に強い監督で、音楽もまるでスターのように扱うとの事。

劇中に流れる歌詞の1フレーズにすら、こだわるらしいです。

印象的なのがパーティーのシーン。

思いっきり4つ打ちのキックが轟き、ダンサーは現代のヒップホップダンスを踊っています。

しかし時代は1920年。冷静に考えればこの時代にこんな音楽が存在したはずがありません。

しかし、不思議と違和感はありません。

逆にこのパーティーのシーンで、バンドがディキシーランドを演奏し、参加者たちが社交ダンスを踊っていたとしたら、これほどまでに豪華絢爛な演出ができたでしょうか?

観客である私たち自身が経験している中で最も派手な音楽を使わなければ、あのパーティーが特別なものであるという演出は出来なかったでしょう。

華麗なる衣装


画像出典:https://warnerbros.co.jp

映画を彩る衣装はプラダ、ミュウミュウ、ブルックス ブラザーズなどがデザインをしたものです。

また、役者たちが身につけているジュエリーや、ギャツビーのお城のインテリアや食器はティファニーによるものです。

ティファニーが大きくフィーチャーされた理由の一つは、原作者であるF・スコット・フィッツジェラルドがティファニーの顧客だった事。

またもう一つは創業者のティファニーさんが劇中の舞台となっているロングアイランドの社交界に出入りした事があげられています。

4.ゴリラ対タイヤキ目線で観た華麗なるギャツビー


画像出典:https://warnerbros.co.jp

まずこの映画を観た後に感じたのは、清々しさと虚しさでした。

この清々しさと虚しさの正体はなんなのだろう?

自分の気持ちの中を整理してみました。

「華麗なるギャツビー」は最高に爽快な悲劇です。

このストーリーは、間違いなく悲劇です。

「短い人生だったけど、ギャツビーは幸せだったと思う。」

というような解釈もあるかもしれませんが、ラストで撃たれて死ぬわけですから、ジャンル的には悲劇と分類するのが妥当でしょう。

タイトルにもなっているギャツビー氏の死をもってこの作品は幕を閉じます。

しかも、あれだけ大勢のセレブリティがギャツビー邸にやってきて毎晩ドンチャン騒ぎを繰り広げていたにも関わらず、彼の葬式には誰も来ないというオチまでつけられています。

この展開に虚しさは感じて当然なのですが、どうしてここまで爽快感を感じるんでしょうか。

不思議と、全く悲しさは生まれてきません。

少なくとも自分には泣かせるような要素はありませんでした。

対比として、言葉は悪いですが、「胸糞悪くなるような悲劇」の映画は沢山あります。

映画名は出しませんが、純粋でなんの落ち度もない主人公が、周りの人間の悪意によって理不尽に蹂躙されるようなストーリーの映画です。

ネットで「映画 後味悪い」などと検索すれば出てくるような映画の大半はそのパターンです。

逆に考えてみて、もし「華麗なるギャツビー」のストーリーが、ハッピーエンドだったらどう感じるでしょうか?

ちょっと仮定してみます。

ギャングと手を組み酒の密売で荒稼ぎをし、金の力でパーティー三昧をやっていた男が、昔想いを寄せていた女性を、夫から別れさせる事に成功しました。

2人はひき逃げ事件を起こしましたがうまくもみ消して結婚し、末永く豪邸で暮らしましたとさ…めでたしめでたし。

どうでしょう。

さすがにこれではモヤっと感ハンパないですよね。

という事は、ギャツビーになんらかの落ち度があった、もしくは大半の観客が共感できないような選択をした結果の結末だったため、この清々しさを感じられたのだと推測できます。

実際に、ギャツビーにはいくつかのターニングポイントがあり、彼には選択肢もありました。

親友ニックとのやりとり


画像出典:https://warnerbros.co.jp

ニックがギャツビーに対して、何度も釘を刺そうとするシーンがあります。

君は昔には戻れないよ。時間は戻せないんだ。

しかしギャツビーは自信たっぷりの笑顔でこう答え続けます。

昔に戻れるさ。スタートに戻るんだ。

このやりとりから、彼は友人から何度繰り返して忠告されてもまるで耳を貸さない自信家である事が伺えます。

彼は今現在の自分のままでデイジーに向き合うのではなく、彼女が結婚した後の5年間を、まるで無かった事のように抹消したいと考えているようでした。

彼は「昔に戻る」と言っていますが、本当に意味するところは「デイジーに昔に戻らせる」という事だったようです。

彼自身の行動や状況を見る限り、まるで昔に戻ろうとしているようには思えません。

これは自分の行動はまったく変えずに他者だけをコントロールしようとしながらも、自分自身はその事に気づいていない放漫さを表現しており、これが観客の心の中にギャツビーに対する小さな反感を覚えさせているのでしょう。

パーティーを抜け出して…


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ギャツビーがデイジーを連れて、自宅でのパーティーから抜け出し、森の中に姿を消すシーンがあります。

ここで、デイジーはギャツビーに言います。

このまま逃げ出したい。あなたと遠くに行きたい。

けど、ギャツビーはこう答えます。

逃げるなんてだめだ。この家で2人で暮らすんだ。

ここが、選択次第ではギャツビーがデイジーと結ばれていたかもしれない最大で、最後のチャンスだったのではないでしょうか。

ギャツビーが彼女の言葉通りに行動していたならば、現在の地位も富も失い、駆け落ち状態となっていたでしょう。

しかし彼は現在の生活を捨てる事なく、デイジーの夫と正面対決を挑む事を決めます。

そうなれば最も辛い想いをするのはデイジーですし、結果、そうなりました。

デイジーの夫との正面対決で

正面対決
画像出典:https://warnerbros.co.jp

ついにギャツビーはデイジーの夫との正面対決を挑みます。

まず、夫に告げた言葉です。

彼女はこの5年間、君の事を一度も愛した事が無いんだ。

つづいて、デイジーにもこう告げます。

さあデイジー、君の口から言うんだ。彼を愛した事は一度も無いと一言いえば、全て終わりにできるんだ。

デイジーはパニックに陥っています。

あなたは多くを求めすぎているわ。

彼の事だって、愛してたの。

家族として5年間生活し、子供を設けている夫婦の場合、多かれ少なかれ、愛情はあるでしょう。

それがたとえ青年期の燃えるような恋心とは別のものだったとしても、です。

ギャツビーは家族間の絆や情というものを軽視しすぎており、また「一度も愛した事が無い。」と何度もデイジーに言わせようとしているので、このようなしみじみとした愛情の存在を全否定しようとします。

デイジーにとっても、夫との今までの5年間を完全に破壊するような発言を軽々しくできるはずもありません。

結果的にこの場でギャツビーはデイジーに嫌われてしまいます。

このようなギャツビーの性格や行動が、一般的な観客の目線から見るとよく言えば純粋で愚直ですが、やはり強引で放漫に映ります。

そしてそのせいで破滅へと向かうストーリーが敷かれていると予測できるわけです。

破滅を覚悟しながらストーリーを追う観客が考えるのは、「せめて、少しでもマシな破滅にしてほしい。」という事です。

結果としてギャツビーは撃たれて死んでしまいますが、さほど悲惨な最期でもなく、また彼の半生は充実に満ちていたと言えますので、見ている私たちも予定調和の納得を得るわけです。

5.「華麗なるギャツビー」はこんな人にオススメ


画像出典:https://warnerbros.co.jp

「華麗なるギャツビー」はハウツーものではないので実用性を期待するものではなく、純粋なエンターテイメント映画として最高峰です。

しかしいくつかの特定な状況の方がご覧になる事によって、人生が生きやすく、もしくは楽しくなるはずだと思います。

ぜひ観ていただきたい!というような方を列挙していきますね。

忘れられない「あの人」を取り戻したい人

気持ちはわかります。が、落ち着いてください。

ギャツビーが反面教師となって教えてくれています。

自分の価値観を押し付けるだけでは破滅に向かいます。

愛する事とは、相手の幸せを願う事。

相手が幸せになってくれる事によって、自分も幸せな気分になる事ですね。

奪おうと思ってしまった時点で、もうそれは「愛」とは呼ぶべきではないのかもしれません。

大金を手にした人

まあ、こういう人がどれだけいるかわかりませんが…

散財して遊ぶ人を止める事は、誰にも出来ません。

やめろと言っても、絶対にやめませんので!

ただし、「人の心は金では買えない。」という事だけは忘れずに遊んでください。

パーティーに行きたいけどそもそもパーティーってどこでやっててどうやって参加するの?って人

私にもわかりません。

この映画でも観て行った気になりましょう。

レオナルド・ディカプリオが好きな人

私はこの映画よりも先に「レヴェナント」を観てしまったんです。

「レヴェナント」では実際に川に泳いでる本物の魚を手づかみで食べるなど、ハードボイルドな役を演じていますが、この映画のギャツビーはまるで別人です。

こういう紳士的な人と友達になりたいと心底思います。

  • とにかく綺麗な映画を見たい人
  • どっぷりではなく、ちょっとした時間にさらっと映画を見たい人
  • アーリーアメリカンが好きな人

少なくとも午前中に見たら、その日の午後が台無しになるような映画ではありません。

どなたにも、自信を持ってお勧めできます。

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