【宮崎駿イチオシ】崖の上のポニョそうすけがいい男すぎる件

崖の上のポニョ ポスター

どもっ!エンタメブリッジライターしおりです。

今回はスタジオジブリ2008年公開映画「崖の上のポニョ」をご紹介します。

中でも注目したいのは、数あるキャラたちの中でも、ひときわ際立つ準主役そうすけ。

ポニョ、リサ、くみこちゃん、おばあちゃんたち…すべての世代の女性の心をわしづかみにする神少年です!

実はそうすけ、宮崎駿も連発するお墨付きの「いい男」。

崖の上のポニョは、そうすけ含め徹底的に5歳という年齢にこだわった作品です。

今回は、男性必見!そうすけに学ぶ5つのモテ術を、心理学的考察を加えて解説したいと思います。

最後に、崖の上のポニョがなぜヒットしたのか…?

この疑問をガッツリとオープニング歌「海のおかあさん」から考察しますね。

1.崖の上のポニョの作品紹介

公開日:2008年7月19日 (日本)
監督:宮崎駿
原作:宮崎駿
脚本:宮崎駿
制作:スタジオジブリ
音楽:久石譲
出演者: 山口智子、長嶋一茂、天海祐希、所ジョージ、奈良柚莉愛、土井洋輝、柊瑠美、矢野顕子、吉行和子、奈良岡朋子。
受賞歴:第32回日本アカデミー賞にて、最優秀アニメーション作品賞・最優秀音楽賞受賞。

2.崖の上のポニョのあらすじ

ポニョ そうすけ
画像出典:https://www.youtube.com

続いては崖の上のポニョのあらすじをご紹介します。

前後の宮崎駿監督作品をおさらいすると、2001年「千と千尋の神隠し」⇒2004年「ハウルの動く城」⇒2008年「崖の上のポニョ」⇒2013年「風立ちぬ」。

崖の上のポニョは、宮崎駿が監督を務めた最後から2番目の作品

当時67歳という老年に差しかかった宮崎駿は、ポニョ制作時2つ意識するものがありました。

1つは自分の死、2つは子供の力です。

あらすじは知っている方がほとんどだと思いますが、そのあたりを意識しつつ書いていきますね。

崖の上のポニョのあらすじ(ネタバレなし)

海の女神と、魔法使いの子供として生まれた、魚の子ポニョ。

ポニョは人間の世界へ憧れて、父フジモトの目を盗んで、海の家を脱出します。

沿岸で空き瓶に顔がつまったポニョを助けたのは、5歳の少年そうすけでした。

そうすけは、崖の上の一軒家に住む男の子。

父の耕一は貨物船小金井丸の船長で滅多に家に帰ることができないため、老人ホームに勤める母とほぼシングルマザー状態です。

海辺で拾ったポニョを金魚と思い込んだそうすけは、コンコンと石で瓶を割って救出!

ポニョをバケツに入れ、すっかり仲良しになったそうすけ。

保育園にポニョを持っていったそうすけですが、ポニョがいなくなったと気づいた父フジモトは大騒ぎ!

魔法を使ってポニョを海へさらって帰りますが…。

崖の上のポニョのあらすじ(ネタバレあり)

ポニョ そうすけ
画像出典:https://www.youtube.com

崖の上のポニョって、不思議な話なんですよね。

それまで宮崎駿作品は、異界と現実がくっきり分け隔てられていたんです。

千と千尋の神隠しだったらトンネル、ハウルの動く城だったらお城のドア…と。

ところがポニョの世界は、ついに異界と現実が混濁した世界となります。

ポニョは、瓶を割られたときそうすけの血を舐めてしまったため、「人間になる可能性」を秘めてしまいました。

そして、海の家に帰ったものの、すっかり人間の世界に憧れる人魚になったんです!

ポニョと離れ離れになって寂しいそうすけ。

リサの働く老人ホーム「ひまわりの家」(ではなくこれはホスピスという設定らしい)のおばあちゃんたちに慰められます。

死と生が隣り合わせになるホスピスと保育園の立地も、宮崎駿監督の願望だったそう。

ところで、崖の上のポニョが作られたきっかけは、まずジブリスタッフにベビーブームがあったからなんです。

子育てを離れてた宮崎駿は、ようやく乳幼児をじっくり観察する時間ができ「保育園の映画を創りたい」と構想が出来上がったんです。

ところが絵コンテ中に、スタジオジブリに実物の保育園を併設して作ってしまって、1度満足してしまい、保育園映画を創るのをやめてしまったそう…。

鈴木敏夫さんの助言もあり、あとからフジモトなどのキャラを入れ込み、ポニョの映画はできたそうでなんです。

当時、この新設されたジブリ保育園には1人、5歳の年長児がいました。

宮崎駿はその5歳児と対話しながら、5歳という年齢と素晴らしい物事の理解力に着目し、そうすけやポニョは5歳のキャラクターとして出来上がったんです。

さて、映画の海の家では、父フジモトに泡に閉じ込められてしまったポニョ。

ポニョ、人間になるー!

とポニョが言うと、フジモトは大騒ぎ!

フジモトは元人間ですが、「人間は醜くて汚れた存在」として人間を苦労して辞め、魔法使いになったんです。

フジモトは海の家の井戸に精製した「命の水」を蓄えていて、地球を海の時代カンブリア紀に戻すことをもくろんでいました。

ラストは結局デボン紀の海になるので、この2つがどんな時代だったのか、この年表を参考にしてくださいね。

ポニョ カンブリア デボン画像出典:https://benesse.jp/

ポニョの母は大いなる海の女神グランマンマーレ。

異種交配のため、ポニョはあのような人面魚なのです。

フジモトが寝ているとき、ポニョは何十匹といる妹たちの力を借り泡から脱出、ついに体から手足が出て半魚人になりました!

そして、そうすけに会いに行くためにあの命の水を飲んだのです。

ポニョの映画の中では、

  • 海の時代=魔法の蓋を開ける=世界に大穴を開ける=あの世の入り口

と、いろんな言葉で言い換えられます。

ポニョがそうすけのいる陸に近づいてきたため、外は大しけの嵐となります。

人間目線だと、大雨洪水暴風波浪高潮警報といったところでしょうか…?

ひまわりの家も停電し、浸水する前に車を暴走運転させ急いで家に帰るリサとそうすけ。

そのとき、車の窓から波の上をタタタタタッと走っている謎の女の子を見つけます!

ポニョはついに人間の女の子となって、そうすけに会いに来たのでした!

そうすけ「…ポニョ?」

ポニョ「うん、ポニョだよ!」

家に帰ってボイラーで電気を起こし、ポニョの大好物ハムの入った即席ラーメンを一緒に食べた2人。

ポニョは疲れたのか…そのまま眠りこけてしまいました。

ポニョの反乱(?)で無線機も壊れてしまった船たち…墓場のように動かなくなった船が集積します。

耕一の安否もわからず、リサとそうすけ心配な夜を迎えました。

リサは山の向こうに、うっすらと光が点灯しているのを見つけます。

リサ「ひまわりに行ってくる!」

そうすけ「僕も行く!」

リサ「そうすけはここにいて。今ここは嵐の中の灯台なの。真っ暗な中にいる人は、みんなこの光に励まされてるわ」

とそうすけたちに食糧を残して、リサはひまわりまで車へ去ってしまいました。

ポニョの様子をこっそり見に来たフジモト。

ポニョが人間の姿になっていることに驚愕!しかもボーイフレンドの家にいることにショック!!

魔法を使って世界に大穴を開けてしまったポニョのおかげで、空は人工衛星が流れ星のように落ちてきて地球は危機に…。

↑宮崎駿的には、カンブリア紀を目指していながらも、いざ地球がそうなるとテンぱるおじさんフジモトが面白いらしい。

母グランマンマーレが駆け付けて

グランマンマーレ「ポニョを人間にしてしまえばいいじゃない」

フジモト「でもあの魔法は、しくじると泡になってしまう!」

グランマンマーレ「あら、私たちはもともと泡から生まれたのよ」

さすが、器のデカい海の女神…。

翌朝目を覚ましたポニョとそうすけ。

リサは戻ってきておらず、外は家の床近くまで大浸水!

ポニョが魔法でそうすけのおもちゃのポンポン船を大きくし、ひまわりまで迎えに行くことにしました。

ポニョ制作時、宮崎駿は65~67歳。

宮崎駿自身の母が亡くなったのが71歳で、その年齢に近づく年でした。

「宮崎駿と母」というのは、宮崎駿自身の中で1つの大きなテーマですよね。

あの世に行っておふくろに会ったら、まず最初になんて言えばいいのかな?

そんなことを考えながら、最後海中に沈んだ老人ホームのシーンを延々描いていたそうです。

そうするとあの世のシーンが異様に長くなって、ポニョとそうすけの話がどこかに行ってしまい、鈴木敏夫さんに再度軌道修正されたとか…。

そしてリュックに食べ物を詰め込み、水筒をぶら下げて出発したポニョとそうすけ。

海はデボン紀の古代魚がたくさん泳いでいる不思議な光景。

住民は漁船に乗り、せっせと丘の上ホテルに避難しています。

ひまわりに行く山道に近づいたころ、また急に眠気に襲われたポニョ。

ついにポンポン船はろうそくが燃え尽きて、ポニョも眠気のせいで魔法が使えずに、船は止まってしまいます。

泳いで船を押して道路に着くと、そこにはリサの車が!

リサカーだ!リサーーー!リサーーー!

荷物はあるのに、リサは乗っていません。

泣き出すそうすけ…目の前に真っ暗で怖いトンネルがあり、ひまわりに行くにはここを通らなければいけません。

ポニョ「ポニョ…ここきらい…」

そうすけ「手、はなしちゃだめだよ」

勇気を出して暗く怖いトンネルを進み始めた2人。

ところがそのトンネルを歩いているうち、ポニョは魔法の力が弱まって人間→半魚人→魚に戻ってしまったのです!

走ってトンネルを脱し、魚のポニョをバケツの水に入れてやったそうすけ。

そのころ海の中は、あの世的な空間ができていました。

水の中にある不思議なドームにひまわりの家は包まれ、おばあちゃんたちも、リサもそこにいたのです。

ポニョの母グランマンマーレとずっと話し込むリサ(おそらくポニョの身元を引き受けるすり合わせをしていたのでしょう)

足が悪かったおばあちゃんたちも、すっかり治ってかけっこを楽しんでいます。

一見いじわるばあさんだったトキさんだけは、地上にいました。

しかし、フジモトがポニョを捕まえようと待ち構えていたのです!

あの男がみーんな連れてっちまったんだ!

そうすけーー!おいでーー!

そうすけはバケツを持って、トキさんのところまで柵の上をダッシュ!

しかしフジモトは「あーもう時間がないっ!」と魔法を使い、トキさんもそうすけもポニョも、丸ごとさらってドームへ連れ去って行きました。

ぶくぶくぶく…と海のドームに入っていく4人。

「リサ!」「そうすけ!」

リサと感動の再会を果たしたそうすけ。

そして、そうすけは初めてポニョの母と対面します。

ポニョを人間にする儀式が始まりました!

まるで結婚式の神父のように「あなたは、ポニョを生涯愛することを誓いますか?」とは言わないけど、それに近いテンションでそうすけを尋問するグランマンマーレ。

グランマンマーレ「あなたはポニョがお魚だったのを知っていますか?」

そうすけ「うん」

グランマンマーレ「ポニョはあなたの血をなめて半魚人になったんです」

そうすけ「そっかぁ(略)」

グランマンマーレ「ポニョの正体が、半魚人でもいいですか?」

そうすけ「うん。ぼく、お魚のポニョも、半魚人のポニョも、人間のポニョも、みんな好きだよ」

グランマンマーレ「人間になるには、魔法を捨てなければいけません。地上に戻ったら、この泡にキスしてください。ポニョはあなたと同じ、5歳の女の子になります」

ポニョの身元引受人を引き受けたそうすけ。

グランマンマーレ「世界のほころびは閉じられました!」

そう言ってびゅーんと大海に消えていったグランマンマーレ。

ポニョが人間になったことで魔法の暴走は止まり、世界は普通に戻ります。

海はすでにベタ凪。

耕一の乗った小金井丸を含め、たくさんの船が帰港していました。

あ、耕一の船だ、おーーーい!

まだ泡の中にいた魚のポニョは、最後にジャンプしてくるっとひっくり返り、そうすけとキスすることで本当に女の子になったのです!

めでたしめでたし!

3.崖の上のポニョの見どころ

ポニョ そうすけ
画像出典:https://www.youtube.com

続いて、宮崎駿のイチオシキャラであるそうすけ。

ポニョの恋人であり、リサの愛息子であり、おばあちゃんたちのアイドルであるそうすけ。

そんなそうすけから、すべての女性を虜にするモテ術を学んでいきましょう!

そうすけモテ術1.何事もYESと突き進むポジティブさ

そうすけのすごいところは、何事も「YES」と言って突き進むポジティブさ。

(例)

  • そもそも人面魚を引き受けている点
  • 台風も洪水も笑顔で引き受けて楽しむ力

人の第1印象は、スリーセット論といって3回会うまでにほぼ決まることをご存じでしょうか?

そうすけはポニョと出会って、ちょうど3回で心をがっちりつかみます。

1回目の金魚のポニョを助けたとき、2回目人間の子になってやってきたとき、3回目リサを探して2人で旅に出たとき…。

たった3回でこの絆ですよ!?

その秘訣の1つが、異種交配の子である人面魚に驚かず、大洪水もYESといって楽しんで船旅に出て、何事もポジティブにとらえるそうすけだからこそ、なのでしょう!

そうすけモテ術2.痛みを分かち合える会話力

そうすけの、女心をくすぐる共感力と会話力はたいしたものです。

(例)

  • 母リサが落ち込んでいるとき「泣かないの、リサ」
  • 金魚のポニョに対して「大丈夫だよ、僕が守ってあげるからね」

男女の会話が噛み合わない最大の要因は、男性は理屈、女性は感情が先行するからです。

結論が欲しい、論理的に話したい、勝ち負けや優劣にこだわりたい、という男性的会話に対し、体験を共有したい、共感してほしい、相手の気持ちに興味を示したい、というのが女性的会話。

そうすけは対女性との会話で、この女性的会話に寄り添えるんです。

ポニョは、お魚だったんだもん。ぬれても平気だよね。

と「相手の話に共感+感情に触れたコメント」ができるスキルは100点満点ですね。

魚だったとはいえ地上で濡れていないのは不自然。

だけど、それはそれでいいと僕は思う。

なんて言わないそうすけの共感力にはあっぱれです。

そうすけモテ術3.知性あふれるユーモア

社会心理学者のニコラス・ゲグエンは「ユーモアセンスの中にその人の知的能力と社会性が反映される」と言っています。

そうすけの知性あふれるユーモアを見てみましょう。

(例)

  • 5歳でモールス信号を操れ「BAKA AAAA…」と打てる。
  • ポニョに水をかけられて笑っているのは、劇中でそうすけだけである。

一口にユーモアといっても、実は「攻撃的ユーモア」「遊戯的ユーモア」「支援的ユーモア」の3タイプに大別されます。

簡単に説明すると

①攻撃的ユーモア⇒「オマエのお先まっくらだな」とブラックジョークを言うようなツッコミ。

②遊戯的ユーモア⇒おどけて笑いを取る、クラスに1人いるような人気者。

③支援的ユーモア⇒人を励ましたり勇気づけたりして、空気を和ませ、苦しみから解放させてあげるタイプ。

そうすけのユーモアセンスは、③の支援的ユーモアでしょう。

この手のユーモアは、相田みつを「つまづいたっていいじゃないか 人間だもの」に象徴されます。

リサという傷ついた母に寄り添えるからこそ「BAKA AAAAAAA…」と延々「A」を打てるそうすけ。

掟を破り、地上へやってきたポニョの孤独感や排斥感を思いやれるからこそ、水をかけられても爆笑で返すそうすけ。

そうすけの使うユーモアは、ポニョやリサを決して傷つけずに、かえって勇気づけて、場を和ませて安心を与えるユーモアなんです。

この支援的ユーモアを使いこなせるのが、5歳ながらも高い知性と社会性を兼ね備えたそうすけの魅力でしょう!

そうすけモテ術4.ここぞというときのリーダーシップ

ここぞというときの男性のリーダーシップが、女性にとってとても頼もしく感じられるのは言うまでもありません。

そうすけはさらに一歩進んで、リーダーシップを発揮しながら、相手女性の新たな魅力を引き出しているのです。

(例)

  • 非常時に貯水タンク、プロパンガス、自家発電ボイラーを解説し、ポニョとインスタントラーメンでサバイバル体験を楽しむ。
  • 勇気を出して、リサをポンポン船で探しに行く。
  • 大人顔負けにフジモトに対峙する。

人間には「自己拡大」という欲求があります。

自己拡大の欲求=この人と一緒なら違う自分になれる!と思う欲求。

よくマンネリ化した夫婦のどちらかが浮気をするのは、この心理が働くからなんですね。

そうすけが発揮する、女性をグイグイ引っ張るリーダーシップはどうでしょう?

頼もしいばかりか、どれをとってもポニョにドキドキワクワクを与え、新しい体験を通じて新鮮な喜びと、新しいポニョ自身を発見させます。

究極は「人間になること」への憧れまで与えますからね!

自分の新しい一面を引き出してくれ、自己拡大欲求を満たしてくれるそうすけはモテて当然。

ここまでくると、もう脱帽モノですね…。

そうすけモテ術5.ありのままを受け入れる包容力

女性にとって恋愛の最大の喜びとは「ありのままを受け入れてくれる」ことでしょう。

(例)

  • 人間、半魚人、魚、すべてのポニョが好きだと言う。

この1点に尽きます。

特筆すべきは、そうすけはブサイクな容姿(失敬)も受け入れるということ。

だって、考えてみてくださいよ、半魚人のポニョ。

目はびよーんと横に広がり、鼻は点々、口はへの字。

いくら内面がポニョだとわかっても、こんな異質さを丸ごと愛することって至難の業です。

ところがポニョがポニョである限り内面を徹底して慈しみ、まるごと受け入れるすごい器を持ち得た男、そうすけ。

たいていの女子にとっては、体重が3kg太っただけで大騒ぎなんですよ!

そんなご時世、どのような自分をも受け入れてくれるそうすけのような男性は、女性にとってこれ以上ない安らぎなのです。

4.崖の上のポニョ ライターしおりの視点

ポニョ そうすけ
画像出典:https://www.youtube.com

続いてモテ論から完全に離れまして、オープニング歌「海のおかあさん」について少し解説したいと思います。

「ポーニョポーニョポニョさかなのこ♪」のほうじゃないの?と思われる方もいるかもしれませんね。

「海のおかあさん」はオペラ調で歌詞がはっきり聞き取りづらいですし、エンディング歌に比べればあまり記憶に残らないかもしれません。

ただ私は、この「海のおかあさん」にこそ、崖の上のポニョヒットの秘密が隠されていると確信します。

ジブリ作品はなぜ売れる?オープニング歌からわかること

私が初めてポニョを観たのは20代半ばで、吉祥寺の映画館でレイトショーで観ました。

週末のレイトショーだけあり、観客はカップルばかりで、自分もデートで行ったもんだから「え、これで終わり?」となかなかつかみ切れなかったのを覚えています。

崖の上のポニョはなぜヒットしたのか?

「ジブリブランドだから」というありきたりな理由を除いて、これは私にとって長年の疑問でした。

高畑勲に比べ、メディア露出の多い宮崎駿。

今回崖の上のポニョのレビューを書くにあたり、たくさんインタビューや資料を読みましたが、正直なところ、それでもいまいちつかみきれないんです。

確かにアニメーションはすごいし、色鉛筆やクレヨンといったアナログに立ち返ったアニメ技術は素晴らしいと思う…でもそれは素人の私にとって理論であって、感情じゃないんです。

なぜポニョのようなシンプルな作品までヒットするのか…?

技術面だけではない「何か」があるんだろうけど、それがわからない。

しまいにゃ、みんななんでポニョの魅力がわかるの?ぐやじー!!みたいな嫉妬さえ覚える始末(笑)

そんな理由を探っているうち、オープニング歌「海のおかあさん」が、詩人の覚和歌子さんが書いた詩「さかな」を元に作詞されたと知ります。

海のおかあさんの歌詞は、

海ゆりゆれる 青いうち

かぞえきれない きょうだいたちと

あぶくのことばで はなしていたの

おぼえていますか ずっと昔に

お前は青いうみに いっしょにくらしていたの

クラゲもウニも サカナもカニも

みんな きょうだいだった

覚和歌子さんといえば、千と千尋の神隠しの名歌「いつも何度でも」を作詞されたことでも有名ですね。

個人的には覚和歌子さんはポーカーフェイスなイメージがあるのですが、「いつも何度でも」の作詞のとき、最後の4行、

さよならのときの 静かな胸

ゼロになるからだが 耳をすませる

生きている不思議 死んでいく不思議

花も風も街も みんなおなじ

を書いたときに、ボロボロと涙が溢れて止まらなかったそう…驚きです。

ポニョの歌のもとになった覚和歌子さんの「さかな」の詩は長いのでここでは省略しますが、すごく簡略化すると、魚が輪廻転生を繰り返して、望んでようやく人間になるという詩です。

覚和歌子さんのおっしゃることは非常に面白いです。

覚和歌子さんが詩を創るときに大事にすることは、自分を筒のように空洞にすること。

ちょっと図解しますね。

ポニョ 海のおかあさん

覚和歌子さんは、表現者をコップに例えます。

「自分はこれを書きたいんだ!」「自分の作品はこうなんだ!」

そんな作品には、コップにエゴという頑丈な底があるので、人の共感を得られません。

自分に完結しているだけです。

ただし、自分それ自体が筒のように空洞になると、覚和歌子さんが「宇宙の情報図書館」と呼ぶところ(ユングの言う集合的無意識)にアクセスできるんです。

そこにあるものは、無意識の中ですべての人が共有しているもの。

そこから引き出してきた表現は、すべての人がすでに持っているものだから、共感を得られるんですね。

崖の上のポニョもそうなんじゃないかな?と腑に落ちたものがありますね。

というかもう宮崎駿という存在自体が、天性で集合的無意識にアクセスできるエンターテイナーなのではないかと…。

覚和歌子さんは言語を扱う方なので、この現象を言語化しますが、宮崎駿さんはインタビューでよく冗談交じりに笑います。

作品についてもあまり難解な解説をしません。

「こういう人いたら面白いでしょ?」

「ああいう楽観的なシーンが必要なんだよね」

インタビューはこの調子。

アニメーションという非言語ツールで、筒になった状態で宇宙の情報図書館にいつでもアクセスできるのが宮崎駿という人なのかもしれません。

だから、やっぱり崖の上のポニョも後々何かが残る、もう1度観たくなる…結局私もポニョは20回以上観ましたね(笑)

オープニングでどーんと流れる歌「海のおかあさん」。

この歌を最初に持ってくることで、私たちのコップの底は開かれ、鑑賞者としてポニョを心の深いところで楽しむ扉がパカンと開くのでしょう。

5.崖の上のポニョをオススメしたい人

ポニョ そうすけ
画像出典:https://www.youtube.com

そうすけから学ぶモテ術、さらにオープニング歌に秘められた宮崎駿作品の永遠の魅力…。

ここから崖の上のポニョは、以下のような方にオススメしたいと思います!

モテないと悩む男子

モテないと密かに悩みを抱えている男性にはオススメです。

そうすけは5歳でありながら、女心をつかむ数々のテクニックを実践しています。

しかもわざとらしさが全然なく、すべてがナチュラルなんですよね。

モテ術エピソードは他にもたくさんあり、停電時の金魚のお守りの配布や、ポニョへのイライラを叱らない言葉かけなど、生き物としての女性の扱い方がとっても丁寧

自分自身の自尊感情もしっかりと持っていて、同性からも同性からも頼もしいと思われる男児でしょう。

「かけっこが速いとモテる」の常識を覆した5歳児(笑)

ポニョは今後も何度も地上波放送されると思います。

ぜひ1度そうすけに注目して、女心の扱い方を学んでみてくださいね。

未就学児、赤ちゃんのママ、パパ

0~6歳の未就学児&赤ちゃんのママ、パパにはオススメです。

宮崎駿はこれまで数々の子供を題材にしてきましたが、今作で初めて「子供というものが見えるようになった」と言っています。

親だったときは忙しくて、自分の子供さえ観察する余裕がなかった宮崎駿。

ポニョ制作中にジブリ保育園を創設した宮崎駿は、5歳という年齢に徹底的に着目し、

言葉には出せないけど、彼らはみんなわかってますよ。

と言い切ります。

そんな私にも5歳の娘がおりますが、これに関しては同じことを思います。

5歳児は地球という惑星の上で生きていること、日本という地形の上で生きていることも知りません。

それでもこの世界と関わる必要な情報はすべて持っていて、大人よりもはるかに万能な気がします。

赤ちゃんから成長して、学童期で大人に抑圧される直前の限界の成熟期にいる5歳

自己中心性とアニミズム、双方を持ち得たとても高尚な精神性がある年です。

この世界がどんな仕組みか、自分がどう動けばいいかも遺伝子レベルで熟知していて、まだそれを万全に使える状態にあります。

ところが宮崎駿の面白いところは

どうせみんなつまらない大人になる。

と笑いながら言い切るところですね(笑)

私自身もそんな5歳を通ってきたはずなのに、宮崎駿のおっしゃる通り、つまらない大人になりました(笑)

覚和歌子さんもまた、人間は元来、そうすけのように「YES」と言って突き進む生き物だと言っています。

「NO」と言うのは、危機管理から出てきた、左脳的な後付けの思考だと…。

だからこそ、今未就学の赤ちゃんや幼児を育てている親御さんたちは、5歳頃までに構築される万能感を少しでも多く保全していただきたいなって思うんです(自戒を込め…)。

鳴かず飛ばずの芸術家志望の人

鳴かず飛ばずの歌手、作家、漫画家、画家、ダンサー…などなど芸術家志望の方にはオススメです。

自分は自分のやりたい表現をするんだ!

いつか他人に理解され、権威のある人に見出されて、きっと売れる日が来るんだ!

そんな風に思うことがあるかもしれませんね。

覚和歌子さんの「海のおかあさん」の話をちょっと思い出していただきたいのです。

覚和歌子さんの言葉を使えば、「売れない、共感されない」ということは、「エゴが入って人が共通に持つ集合的無意識と繋がっていない」ことを意味します。

「人のために表現する」ということは、むしろ自分を空っぽにしなければならず、集合的無意識(宇宙の情報図書館)にアクセスして、降りてきたものをそのまま表現するということ。

宮崎駿もこれほど多くの名作を残し、日本で最も著名な芸術家の1人となりながらも、

自分なんかちっとも幸せじゃないですよ。

自分のためにやってるわけじゃないんです。

と、なんだか物憂げに言うんですよね。

宮崎駿は「人が喜んでくれる」を最優先項目とした人でした。

「これは私の芸術の爆発だ!」と言うのは一見かっこいいですが、良い作品として認知されて市井に売れていくこととは正反対の、別次元のことなのでしょう…。

何かを創作している方は、覚和歌子さんの素晴らしいアイデア思考を1度取り入れて、少し違った視点で作品を創られることをオススメしたいです!

崖の上のポニョに限らず、国民の集合的無意識のアクセスに見事に成功したジブリ作品。

テレビ放映されるときも、ぜひそのような視点も持って観ていただきたいと思います!

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