都市伝説を信じるな「平成狸合戦ぽんぽこ」真価は高畑勲ルーツにあり?

平成狸合戦ぽんぽこ フライヤー

こんにちは、エンタメブリッジライターしおりです。

今回は2018年に惜しまれつつ亡くなった、日本アニメ映画界巨匠、高畑勲監督の代表作「平成狸合戦ぽんぽこ」についてご紹介します。

皆さんも子供の頃から何回も親しんだ作品ではないでしょうか?

平成狸合戦ぽんぽこは、昭和40年代から、東京西部の多摩地区を宅地・住宅大量供給のために都が推し進めた大開発事業です(通称「多摩ニュータウン」↓↓)。

平成狸合戦ぽんぽこ 多摩ニュータウン画像出典:http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp

私自身も大学が多摩地区にあったため、在学中はこの多摩ニュータウンにアパートを借り、どっぷりと浸かっておりました。

東京にしては田舎で、ある日アパートのドアを開けたらヘビがいてビビった記憶があります…。。

それはさておき、私はこれまで、なぜそこまで高畑監督に、反戦や自然共生のこだわりがあるのかまったくわかっていませんでした。

昨年高畑監督が亡くなられたとき、初めて高畑監督と自分が同郷だったと知り、

「あの土地で育ったのなら、この思想は心底納得!」

と深くうなずくものがありましたね(むしろ今までなぜ誰も話題にしなかったんだ?)。

ジブリのプロデューサー鈴木敏夫さんいわく、鈴木さんは名古屋市出身、宮崎駿監督は東京都出身ということで、同じ自然保護思想があっても2人には「自然コンプレックス」があるのだそう。

ホンモノの田舎(同郷なので正直に言わせていただきます…!)で育った高畑監督は、高畑監督にしか描けない日本の美しい原風景とそこでの暮らしを、唯一実体験として描いているんです。

そんな高畑監督の代表作「平成狸合戦ぽんぽこ」の魅力を、今回改めてご紹介できたらと思います!

1.平成狸合戦ぽんぽこの作品紹介

公開日:1994年7月16日 (日本)
監督:高畑勲
脚本:高畑勲
製作:鈴木敏夫
出演者:三代目古今亭志ん朝、野々村真、石田ゆり子、清川虹子、泉谷しげる、など。
主題歌:上々颱風「いつでも誰かが」
受賞歴:第12回ゴールデングロス賞予告編コンクール賞にて、マネーメイキング監督賞。第49回毎日映画コンクールアニメーション映画賞。アヌシー国際アニメーション映画祭にて、長編部門グランプリ受賞。

2.平成狸合戦ぽんぽこのあらすじ

平成狸合戦ぽんぽこ 寺
画像出典:https://www.youtube.com

高畑監督の遺作となったのは、「かぐや姫の物語」(2013年)。

「高畑監督がもう1本作るとしたら、何だったと思うか?」

という記者の質問に、鈴木敏夫さんは迷わず「平家物語」と言っています。

平成狸合戦ぽんぽこも、平家物語の要素が土台にあり

「俺がブタやったんだから(「紅の豚」のこと)、パクさんはタヌキやれ!」

と宮崎駿監督の冗談交じりの会話もあり、自然破壊をテーマとしたタヌキ映画の構想が出来上がっていったそうですよ。

では、あらすじにまいりましょう!

平成狸合戦ぽんぽこのあらすじ(ネタバレなし)

タヌキにとって最も幸せな生活が続いていた30年…。

東京西部の美しい里山で、タヌキと人々は共生して暮らしていました。

しかし、そんな日々はある日突然終焉を迎えます。

ぽんぽこ31年(タヌキ界の元号)。

「多摩ニュータウン開発」によって空き家が森林が次々と破壊され、タヌキの間に食糧難と縄張り争いが起こるようになったのです。

タヌキの長老は105歳の鶴亀和尚(つるかめおしょう)。

雌ダヌキのリーダーはおかみさん的なおろく婆

タヌキたちは万福寺というお寺を拠点にして、拾ってきたテレビで情報収集に励みました。

この家や山の破壊が人間による未曽有の大開発事業であると知り、近い将来住む場所を失ってしまう危機感を募らせます。

タヌキたちは一丸となり、開発を阻止するための作戦として

  • 化学復興(化け学、人間などに化ける術のこと)
  • 人間研究

を5年計画で推し進めることにしました。

タヌキたちは開発を阻止して、山を守ることができるのか?

悲哀に満ちながらも、温かくてコミカルなタヌキの戦いが幕を開けます!

平成狸合戦ぽんぽこのあらすじ(ネタバレあり)

平成狸合戦ぽんぽこ じゃんけん
画像出典:https://www.youtube.com

「スケジュールが守れない」ということで有名な高畑勲監督。

「火垂るの墓」も「平成狸合戦ぽんぽこ」も納期に間に合わず、結局未完なのだそう…(パッと見気づきませんよね?)。

未公開シーンがあるとかいう都市伝説も、ただご本人が納期が守れたなかっただけで、存在しませんからね…一応。

ていうか鈴木敏夫さんいわく、高畑監督は公開予定1か月前のそんなドタバタ期、行方をくらますらしい…(汗

さてさて「研究の高畑」の異名を持つ高畑監督は、岡山県内トップの朝日高校を卒業したのち、東大仏文科を卒業しました。

平成狸合戦ぽんぽこも、タヌキや人間、土地について机に座った勉強だけでなく、デスクを離れ、多摩の自然を実際に見て聞いて触れて「古き良き東京」を研究し尽くしたと思われます。

さて、開発阻止の5か年計画ために、日々化け学の修行に励むタヌキ。

人間に化けられるようになったタヌキは街頭に出る実習もし、プロの「変化タヌキ(へんげたぬき)」になる若手を排出します。

ぽんぽこ32年、変化タヌキは、ジャイアンみたいに気性の荒いリーダー権太(ごんた)を筆頭に、「時期尚早」の反対を押し切って覚えたての化け学で奇襲作戦を決行!

開発現場のショベルカーを崖から落としたり、トラックを事故らせたりして、人間3人の死者を出します。

これがニュースで報道されると、歌え踊れと大歓喜!

平成狸合戦ぽんぽこのタヌキってパーティー好きですよね~(笑)そこがたまらず愛くるしくて好き!

しかし、

当局者は住宅供給は1千万都民にとって緊急かつ絶対不可欠であり、開発が中止されることはありません。

とのコメントが流れた瞬間、権太は胴上げからドシーンと落下。

複雑骨折と内臓破裂で、全治1年の大けがを負います。

奇襲作戦が失敗に終わったタヌキたちは、今度は人間が「たたり」を恐れることに目をつけました。

「神社だけでなく地蔵さんや道祖神なんかも、ずいぶん片付けたそうですね」

「神さんのバチが当たったんじゃないかと」

こんなニュースを観て「たたり作戦」に変更。

このころすでに住民の入居が始まりましたが、タヌキは地蔵に化けたり、提灯に化けたり、のっぺらぼうになって住民や警察をおどかします。

若手のホープ、変化タヌキの正吉(しょうきち)は、は恋人になったキヨという雌タヌキと、たたり作戦を実行。

「双子の星作戦」というのですが、建設作業員が居住するプレハブを訪れ、座敷童のような子供に化けて、そこの作業員を現場から去らせることに成功します。

「たたりかもものけか?」とこれらは騒がれ、「ニュータウンの怪」として話題になります。

一方、鶴亀和尚は、化け学の先進地の四国と佐渡から、長老を招くことを提案。

四国にはスラッとしたタヌキの「玉三郎(たまさぶろう)」、佐渡には腕っぷしの強い「文太(ぶんた)」を派遣します。

同じ頃、神奈川県藤野町からある弱ったタヌキの来客がありました。

そのタヌキが住む土地に残土が不法投棄され、川は汚れてすべての動物が大変な目に遭っているのです。

その出所がどこなのか、残土を運送するトラックに乗って多摩までやってきたのでした。

山を削って別の山に捨てる、いったい何のために…。

と悲しみを募らせます。

ぽんぽこ33年、四国に行った玉三郎が長老3人を連れて待望の帰還!

歴史に残る名シーンだと思いますが、「耳をすませば」の舞台になった聖蹟桜ヶ丘駅から「タヌキのマンボ」の軽快なBGMと共にさっそうと現れた3人のハイカラじいさん(笑)

彼ら長老タヌキはそれぞれ

  • 999歳 禿狸(はげだぬき)
  • 603歳 隠神刑部(いぬがみぎょうぶ)
  • 58歳 金長(きんちょう)

四国がタヌキの先進地と言われる理由は

タヌキを怒らせたらどんな災難があるか、人間はよーうわきまえとる。

と、彼らは3人とも神仏として祀られているんです。

すぐに決起集会を開催し、

「タヌキへの尊敬と畏敬の念を取り戻す!」

「おーー!」

長老らの提案した「妖怪大作戦」の発動を決意。

作戦を指揮する四国の長老3人は、激しい精神集中力を使うので「命を落とすかもしれない」という覚悟で臨みます。

ぽんぽこ33年、妖怪大作戦をいよいよ発動。

タヌキたちは火の中をくぐったり、滝に打たれたりと、思わず修験道か!と笑ってしまうような人間的修行をします。

妖怪の姿に化けて、多摩ニュータウンの団地の道路に出たタヌキたち。

狐の嫁入り、大提灯、不動明王、風神雷神、天狗、ろくろ首、鬼・・・これはもう水木しげるの世界!

ありとある日本の妖怪、神仏、絵巻物の化け物に化けます。

団地の部屋の中までスゥーーと入ったり、ゴミバケツから出てきたり、大洪水や炎の幻覚を見させたり・・・。

最初は「はぁ~」と感嘆していた住民も、「きゃーーー!」と悲鳴をあげて恐怖におののきます。

しかし妖怪大作戦の最中、すべての力を使いきった四国の長老、隠神刑部が力尽きて亡くなってしまい、タヌキたちは大急ぎで万福寺へ戻りました。

妖怪大作戦はまたたく間に大ニュースとなりました。

「ニュータウンの怪」と関連があるのではないか?と震え上がる住民の映像を観て、タヌキたちはまたまたパーティー(笑)

しかし翌日、事態は急転直下。

パレード(妖怪大作戦)は誰が行ったのか、真相究明をしようとするマスコミに対し、多摩ニュータウンに建設中のワンダーランド(よ○うりランドのパロディ?)の社長が、自ら

社長の私の決断で、無届の大パレードを行った次第でございます!

と嘘をついて宣伝までしたのです。

タヌキたちは大落胆・・・妖怪大作戦が失敗したのなら、もうなすすべがありません・・・。

そのころワンダーランドの社長室は大忙しで、

1億やるから、何が何でも実行者を探せ!

とパレードを行った本物の人を探していました。

電話をしている最中、社長室に謎の人物が登場します。

いかにもキツネ目な、スーツを着た竜太郎と名乗る男(もちろん変化ギツネ)。

妖怪大作戦がタヌキの仕業だと見抜いていた竜太郎は、

「この件は私にお任せください!」

とワンダーランドの社長を説得し、タヌキの拠点の万福寺を訪れました。

金長と対面した竜太郎は、銀座の変化ギツネクラブに招かれたのです(変化ギツネのお姉さんたちがホステスのクラブ)。

ただ竜太郎は悪いやつではなく、キツネもまた多摩ニュータウン開発の犠牲者であり、住み処を奪われたことで「人間として生きる」ことを決意したというのです。

この大東京ではそれしか生きる道がない。

こうなった以上、私は皆さんが集団で「ワンダーランド」に就職するのが最良の解決策だと考えます!

・・・あっけにとられる金長。

キツネは「変化できないキツネのは見捨てた、種を保存するならできるだけ優秀な遺伝子を残すべき」と続けました。

しかし、金で動くような金長ではありません。

金長は数日後、タヌキが化かして作ったレストランにワンダーランド社長と変化キツネ竜太郎を招き、レストランごと空中に飛ばして、社長の持参した現金1億円はバラバラ~と雲散霧消してしまいました。

もうなすすべがなく、万福寺では暗い表情のタヌキたちが最後の会議。

鶴亀和尚は泣きながら、こっそり「妖怪大作戦をやったのは多摩のタヌキだ」と暴露する手紙をテレビ局あてに送ります。

この頃になると、多摩ニュータウンに新く作られた道路で車にひかれたり、人間が仕掛けた檻のような罠にかかったりするタヌキも続出します。

強硬派の権太は、仲間を連れ、業者と直接・全面対決することを決意。

「開発反対!」

とプラカードを掲げ、山への立ち入りを禁止しましたが「不法占拠」で警察と対決。

その後、特攻隊のように死ぬことを覚悟したうえで、権太たちは「アーメーン♪」と金玉をトランポリンにして宙を舞い、ムササビのようにして空から圧殺作戦。

しかし、すでに機動隊まで出動したため、バキューン!と激しい銃声とともに全員死んでしまいました…。

哀しみに暮れるタヌキたち・・・。

そのとき、鶴亀和尚が送った手紙を読んだTV局のレポーターとカメラマンが、半信半疑で多摩丘陵にやってきたのです。

鶴亀和尚とおろく婆は、勇気を振り絞り、カメラの前に出ました。

山はオラたちの住み処!勝手になくさんでもらいたい。

これは生き物すべての願いじゃ。

と泣きながら訴えかけ、仰天したレポーターたちは「あわわわ」と卒倒。

タヌキは鹿やウサギ、鳥に化けてぐるぐると回って森の生き物になって見せたのです。

森を守ることは、すべての生き物を守ることだと指し示すように・・・。

いよいよ物語はラストへ。

戦いに負け、仲間も失い、いよいよ行き場をなくしたタヌキ。

佐渡へ長老を迎えに行っていた文太が3年ぶりに戻ってきましたが、「佐渡の長老」はすでに亡くなっていて、お連れできなかったという話。

しかし文太は、変わり果てた多摩の景色を見て

たった3年で俺は浦島太郎だぞ!

これはどういうことだ?この変わりようは激しすぎる!

山を返せ!森を返せ!

と地面につっぷしてむせび泣いたのです。

そして、この映画で最も私が好きなセリフ。

「人間と幻術を競ってみるか!」

おろく婆は、古き良き多摩の里山風景を、タヌキの幻術の力で蘇らせることを提案したのです。

人間にとってそれは幻かもしれませんが、タヌキにとってはこの団地群が幻なのだと思い知らされるシーン。

「そんなことやって何になるんですか?」

「気晴らしじゃよ」

タヌキの全面的な諦めの上に、底抜けの明るさと悲しみが一挙に押し寄せるシーン。

ショベルカーの上に全員並び、一心に祈りエネルギーを集中して・・・団地をみるみる里山風景に蘇らせてたのです。

それは紛れもなく日本の原風景、高畑さんが子供時代を過ごした「すべての生き物が生きるのにふさわしい風景」でしょう。

しかし、所詮はそれも幻術であり、術が解けるとそこは立派な「多摩ニュータウン」でした。

変化タヌキは、ついに人間として生きることを決断。

鶴亀和尚→僧侶、おろく婆→「多摩の母」という占い師、正吉→サラリーマン、と。

ただ、命懸けで人間と戦ったことも無駄にはなっておらず、人間側も「タヌキと共生できる社会」を目指して、自然公園を残したり、道路標識にタヌキに注意の看板を立てたりました。

変化できないタヌキたちはどこへ行ったかって?

ある晩正吉が満員電車通勤でヘトヘトとになって帰宅していると、塀のトンネルをくぐるタヌキを発見!

追いかけて行ってみると、月夜の明るいゴルフ場(桜ケ丘カントリークラブかな?)で昔の仲間たちがやはりパーティーをしていました。

正吉も思いっきり羽目を外して参加!

あの、テレビやなんかで言うでしょ?

開発が進んでキツネやタヌキが姿を消したって。

あれ、やめてもらえません?そりゃ確かにキツネやタヌキは化けて姿を消せるのもいるけど。

でも、ウサギやイタチはどうなんですか。

自分で姿を消せます?

そんな問題提起を残し、この映画は終わります。

3.平成狸合戦ぽんぽこの見どころ

平成狸合戦ぽんぽこ 長老
画像出典:https://www.youtube.com

2019年5月、川崎市殺傷事件が登戸駅すぐのところで起きました。

登戸の地名の由来は、多摩川から多摩丘陵への「登り口」という意味。

実は、多摩ニュータウン地域にある大学って、幽霊が出る噂が絶えないところが多いんですよ(多摩美大など特に)。

開発によってこの地域を風水のいう「凶相」とさせ、その上で生きる人間をもおかしくさせてしまう事実を「平成狸合戦ぽんぽこ」から改めて実感しました。

ただ私が言いたいのはそんなおっかないことではなく(笑)、注目すべきは、そういった自然や動物への畏敬、怨霊にもいち早く目を付けた高畑監督、ジブリの秀逸さです!

あえての古典ミックスは都市伝説ではない!

古い作品ということもあり、様々な都市伝説が飛び交っている平成狸合戦ぽんぽこ。

最も有名な都市伝説は最初の合戦シーン。

平成狸合戦ぽんぽこって「平家物語」「狸ばなし」「八百八だぬき(杉浦茂)」「阿波の狸合戦」「鳥獣戯画」などさまざまな古典がミックスされているんですよ(「平成狸合戦ぽんぽこ」高畑勲著より)。

赤軍、青軍のタヌキの合戦から始まるのも平家物語の模倣なのです。

高畑監督が亡くなられたとき、生前やり残したことは「平家物語」だと語っておられたそうです。

実は平成狸合戦ぽんぽこ制作時もすでに詳しく学ばれていたそうですが、映画を作るほどの知識量までには至っていなかったそう。

結局、平成狸合戦ぽんぽこを読み解くには、高畑勲という人物のルーツを読み解くのが最も真価に近づけると私は考えています。

そのことを、今から順を追って解説していきますね。

主人公はタヌキではない?

平成狸合戦ぽんぽこ
画像出典:https://www.youtube.com

私は、この映画の主人公ってタヌキではないと思うんですよ。

主人公は、里山、日本の原風景・・・つまりは背景です。

よく背景を見ていただきたいのですが、1つ1つが長くて5秒ほどしかないにもかかわらず、1枚として同じ絵はありません。

この美術を手掛けたのは、もちろん「ジブリの絵職人」こと男鹿和雄さん。

平成狸合戦ぽんぽこは、タヌキの多摩での3年間の生活に加え、四国、佐渡、神奈川、さらにタイムスリップした昔の日本の里山風景まで描かれます。

春夏秋冬のうつろい、天気、朝昼晩・・・タヌキの多種多様な生活スタイルに合わせて、パッパッと美しい背景が移り変わります。

そこには写真やCGにはない、手描きのアニメーションならではの気品と言いますか、ぼかし、ぬけ・・・と、観客の想像の余地を残していて、とにかく背景自体が立ち上がって生きているよう。

私も小さい頃、毎年夏休みの宿題で風景画を描いていましたが、ちょっと場所を変えたところで山は山、川は川、と結局同じような絵に仕上がっていたような・・・。

生きるどころかベタっとした壊死寸前の絵でした(恥

風景画って実はとても難しい絵なんですよね。

それを何百枚も差別化して活き活きと描ける男鹿和雄さんの素晴らしさ!

しかも平成狸合戦ぽんぽこの場合は、里山に本当に親しんだ人でなければ描けないような、日ごろから樹木や草花を観察していなければ描けない、近影に引きに・・・とにかくバラエティに富んだ自然風景です。

タヌキ以上に立ち上がってくるような威力があります。

鬼才高畑勲の「アンチ巻き込み型」リアリズム

高畑作品は「セロ弾きのゴーシュ」「火垂るの墓」「おもひでぽろぽろ」「平成狸合戦ぽんぽこ」とリアリズム追求作品です(それと比較し、宮崎駿はファンタジー作品と)。

中でも平成狸合戦ぽんぽこは、火垂るの墓と同じで、人間には都合の悪い「できれば観たくない現実」です。

描かれるテーマは大開発の結果によるタヌキたちの一方的な「滅び」、その加害者は明らかに私たち人間。

これが高畑作品の特有の「巻き込み型」リアリズムとは一風異なる、「アンチ巻き込み型」のリアリズム

高畑監督は、そんな意識から追い出してしまいたい不愉快な事実をわざわざ取り上げるんです。

そして、暗澹とした喪失感とか、罪悪感を呼び起こすような悲劇を「アート」に変えてしまうんです。

平成狸合戦ぽんぽこの場合だと、自然破壊という「どうせ私たち人間が悪いんでしょ!」的なテーマを、タヌキの、温厚で、いい加減で、マヌケで、けなげで、愉快で、実はとっても「人間的」でひたむきな愛すべきタヌキ目線で描いているんですよね。

だから、「2度と観たくない」とか「1度観たらもう満足」とはならず、何回も繰り返し観ることができるんですよね~。

この「アンチ巻き込み型」リアリズムをここまでアート作品にできるのは、巨匠高畑監督しかいないと思います。

甘美「でない」アニメと新海誠批判

平成狸合戦ぽんぽこ 多摩ニュータウン
画像出典:https://www.youtube.com

いつの間にか「泣ける」が最高の褒め言葉になった映画業界。

私たちの映画への賞態度も、高畑監督は生前、警鐘を鳴らしていました。

高畑監督は「千と千尋の神隠し」であんな面白いものがたくさん出てくるにも関わらず「観客が笑わない」というとがとても不思議だったそう。

高畑監督いわく、最近の売れる映画はワンパタです。

観客と同程度の凡人に、非凡なヒーロー的能力を発揮させ、よくわからない「愛」と「勇気」によって何かを達成し、泣けて残るものは「癒し」だけ・・・。

うっ、耳が痛い・・・と思いますが。

主人公と自分を重ねられるのが大前提で、いかに作品世界に没頭できるか?が大事、しかもそういう映画しか売れない時代なんです。

高畑監督は、あえて観客と「一線引く」という手法を取ります。

平成狸合戦ぽんぽこも、タヌキが号泣したからと言って、私は泣きません。

容赦なく突きつけられる客観的事実が、ただ淡々と描かれるので、私も淡々と観ます。

これが高畑監督の手法・・・みごとにハマった!

高畑監督は

「なぜそもそも人間は自然を破壊するのか?」

「なぜ人間は戦争をするのか?」

と批判だけに終わらず、その根本原因を常に考えた人であり、鑑賞サイドにもそれを要求します。

「現実に応用できる想像力まで呼び起こしてこそ、映画価値がある」というのが高畑論なのです。

現実を生きるためのイメージトレーニングにさせるということまで、計算しつくされていたんですね。

甘美なアニメについては、高畑監督は

「愛」や「勇気」を、どうやって沸き起こすのか?という手段が大事なのに、そこがよくわからないままにされている。

結局「肥大化した自己イメージ」と「貧弱な自分」のイメージのギャップに悩ませるだけだ。

と苦言を呈しています。

「君の名は。」「天気の子」で有名な新海誠作品はそういう甘美アニメの部類なので、高畑監督からは痛烈に批判されていました。

新海誠監督のデビュー作、自主CG制作映画「ほしのこえ」(2002年)については「子供だましでなく青年だまし」「くだらない」とだけ思ったそう・・・。

高畑監督に言わせれば、新海誠は「現実離れしたファンタジー世界で『癒し』を得ていた子供が、そのまま卒業・脱出できないまま大人になって成功した人」だそうです。

ついでにその現象自体を、メディア産業推進派のおじさんたちが能天気に追認したことまで、痛烈に批判しています(笑)

ただですね、この話には続きがあるんです(笑)!

インタビューが2008年に発表された後、高畑監督は訂正をしました。

新海誠は幸運にも作品が売れることによって、社会性を得ることに成功したのです。

売れることによって得た「社会生活」のおかげで、社会的な作品を今後創っていくことを、生前、まるで父親のように期待しておられたのです。

タヌキは人間だったんだ!

ラスト、佐渡から帰った文太が変わり果てた多摩ニュータウンを観て

人間どもはタヌキだったんだ!

あいつら、タヌキの風上にも置けない、くさいくさい古ダヌキだったんだ!

とおいおいと男泣きします。

ファンの方には大変失礼かと思いますが、私は自分が高畑監督の考えとよく似ていると思います…。

祖父母らが実際に経験した自然と親しい暮らし、岡山大空襲を監督自身も体験し、作品に描いているのだから、当然と言えば当然かな……?

高畑監督は、どんな文献や講演会でも「原点に帰れ」と言います。

原点というのは自分の原点ではなく、「人、生き物としての野性的な原点」。

私は今回あらすじを改めて書きながら、

あれ?タヌキって、人間のことじゃないの?

人間がもし住み処を奪われたら、私たちはどこに生活する場所を見つけるの?

とハッとする思いがわきました。

環境破壊、資源エネルギー枯渇、人口爆発、先進国の工業化による途上国荒らし、途上国の先進国化、強権発動による世界大戦勃発・・・。

住み処を奪われるのは、タヌキだけの問題ではない・・・むしろ私は、なぜこの映画を「多摩のタヌキの話」とずっと割り切って観ていたのだろうか?と覚醒する思いでした。

先の問題はすべて世界規模の難題で、現段階で特効薬のような解決策もありません。

私自身、住み処が近い将来なくなる可能性だってあるのに、なぜこんなに能天気に暮らしてるのだろう?と。

高畑監督のお父さんは中学校の校長先生だったそうですが、高畑監督が10歳のとき起こった岡山大空襲で何もかも失ったそうです(⇒これが後の「火垂るの墓」)。

戦後あの地域の多くの人がそうだったように、高畑監督のお父さんも里山を耕す「にわか百姓」となり、家族を養ったのだそう。

「原点に帰れ」と高畑監督が言い続けるのは、「原点に帰れる人間こそ強い」ことを知っているからです。

人としての原点に帰れる人は、逆境に強い、つぶしがきく、生きている能力がもともと備わっているからこそ、敗戦で茫然自失の状態でも

世の中どうなっても生きていける。

と腰を据えられると監督は言います。

私は「いざとなったら、火事場のクソヂカラでなんとかなるだろう」と能天気に構えているフシがあります。

社会問題を対岸の火事と思っているよりは、やはり、いまだにオッコトヌシみたいなイノシシの出没悩む地元で、18年間育った経験が大きいように思います(ただし、今その力が実際に発揮できるかは不明)。

ある日突然、多摩のタヌキのように、致命的に住むとこがなくなってしまったら、どこでどうやって生きるか?

タヌキの問題を人間に当てはめられて初めて、高畑勲監督が映画に託した予見、原点回帰の重要性もわかるんでしょうね。

4.平成狸合戦ぽんぽこをオススメしたい人

平成狸合戦ぽんぽこ 妖怪
画像出典:https://www.youtube.com

スタジオジブリ代表作品ですから、すり抜けて観ないまま生きていくほうが、難しいのではないでしょうか!?

高畑作品が遠い将来まで残るであろう理由は、すべての人間に共通する「人間の原点」を切り取るメッセージを、アートの領域に高めて発信し続けたからでしょう。

ということで、平成狸合戦ぽんぽこ、次のような方にオススメします!

セルアニメ、ジブリを知らない子供たち

高畑監督が亡くなり、宮崎駿監督も引退。

ジブリを知らない世代の子供たちにはオススメです。

私が平成狸合戦ぽんぽこを初めて観たのは、小学校高学年で、学校行事でぞろぞろと全員で公民館に行って、上映会で観ました。

これがまた、私には難しくてさっぱりわからなかったんですが(笑)(まず東京の地理とか知らないし!)、友達たちには案外ウケがよく、今でもあの時の思い出を話すことがあります。

CG慣れしている子供は、この手作りアニメの温かみにぜひ触れて、昔の人の考え方、知恵、技術を楽しみながら学んでいただきたいですね。

もうひいばーば、ひいじーじ世代の生活様式、アニメ技法ですからね。

グラウンドがアスファルト、遊ぶところは人工的な公園だけって子供も多いだろうから、人間と自然の共生がなぜ大切なのか?未来を担う自分たち子供は何をすべきなのか?

ぜひ楽しみながら考えてほしいです!

上昇志向が苦手な人

平成狸合戦ぽんぽこ 玉三郎
画像出典:https://www.youtube.com

上へ上への上昇志向が苦手な人はオススメです。

これは私のことで、上昇志向とかめちゃくちゃ苦手なタイプです(笑)(特にビジネス)

よく夫とかそんなことやれるなぁといつも尊敬のまなざしですよ。。

先日ホリエモンと、20代の新進気鋭のAIの起業家の討論をAmebaニュースで観ましたが

これからはAIの時代、市場は日本でもやっていける!

とか小難しいビジネスの討論(私にとっては)を聞いているだけで疲れました・・・。

高畑監督は、先ほども言いましたが原点回帰の人ですので、

「上へ上へじゃなくていい、足元に大切なものはある」

ということを繰り返し繰り返し言ってくれますからホッとしますよ(笑)

同じように上昇志向が苦手な方に、高畑監督が母校の講演会で、高校生に向けて言った言葉をご紹介しましょう!

どうか君たちの可能性を、ハイテク高度情報化社会の方向だけでなく、人間生活の原点の方向、「百姓」的方向の生活にも広げください。

あの高畑監督がそう言ってくれるのなら、やっぱりホッとする(笑)

土いじりを忘れた大人

土いじりを忘れた大人にはオススメです。

最近、土を触ってますか?

乱開発防止、住宅供給の必要性――たしかに人間の目からは、これらが山を削る大義名分です。

でも、人間が自然の一部であることに考えが及ばないことは危険なんです。

なぜなら人もまた、どんな小さな生物とも繋がり合っている生き物だからです。

私は学生時代、多摩地区を「田舎だな、思い描いてた東京と違うやんけ!」と思って過ごしていました。

ただやっぱり、新宿や渋谷といった大商業地域から帰宅すると、「帰ってきた~」と安心する気持ちはひとしおでしたね(笑)

自然は私たちの身体も豊かにします。

心も繋がり合って豊かにします。

土や木、自然に親しみ、野性としての人間性を取り戻し、人間も自然の一部と再認識することは、結局自分自身を豊かにすることと同じなんですね。

100年読まれ続けた本は「古典」と言われますが、平成狸合戦ぽんぽこも「古典名作」になる可能性を大いに秘めた作品です。

どうか100年後も人もタヌキも平和な生活があり、高畑勲監督の思いが継承されていますように・・・願わずにはいられませんね。

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