私も祖母に忘れられました!映画「長いお別れ」ウラの裏レビュー【あらすじネタバレ】

長いお別れ フライヤー

こんつわ、エンタメブリッジライターしおりです。

今回は、5月31日に公開されたてホヤホヤの映画「長いお別れ」についてのレビューです。

(このレビューを書き終えた1時間後に蒼井優と南キャン山ちゃんが結婚したというニュースを見て、スマホ放り投げそうになった!!)

…1度深呼吸しまして、この映画は、認知症を患った父を7年間にわたって介護、看取るお話です。

まだ観てない方は、先に公式サイトをチラ見していただいきたいのでどうぞ(いきなり予告編が流れます)。

公式サイト→http://nagaiowakare.asmik-ace.co.jp/

この映画ね、私、タイトルからして「認知症と死」がテーマだと思ってました。

それに家族愛でまとめられるのかなーっと。

でも私、何を隠そう高校生~20代半ばまではヒューマンドラマ一筋で(←セカチューも電車男も1人で観て、隣に座った見知らぬ男に恋しそうになった女w)、正直見尽くしたと思ってました。

今回もネタは違えどそんな感じで終わるのかな~って心構えていたのですが、鑑賞後↓↓

むむ、意外に深い?!ただ私が歳とっただけか?!

・・・どっちでもいいけど、少なくとも私はこの映画は「男女関係のあり方」、つまり恋愛・夫婦愛がもろに縦糸で、父の認知症や家族愛はあくまで横糸的な要素だなと思いましたね。

その横糸で際立つのはもちろん認知症だけど、介護のドタバタや老老介護問題、シモの世話でしっちゃかめっちゃかになる現実的要素は一切出てこない!

むしろそこはかなり現実離れしていると思うので、認知症と家族愛という「いかにも」な視点だけで見ると、賛否両論に分かれるのが今から目に見える気が…w

ツカミはそれでもいいんだけど、認知症ウンヌンより、映画の言葉を借りたら「意味不明」になった一家の長老的存在が、逆にまとめてしまう3世代(妻、子、孫)の人間模様が面白いんですよ。

人間のロゴス(理性、言葉)を失った存在が、かえって人を思慮深い思考にさせるロジック、って言えばいいかな?

ではでは、そのあたりを考察しつつ本文へいってみましょー!

1.長いお別れの作品紹介

公開日: 2019年5月31日 (日本)
監督:中野量太
脚本:中野量太、大野敏哉。
原作者:中島京子
原作:長いお別れ
出演者:蒼井優、竹内結子、山崎努、松原智恵子など。

2.長いお別れのあらすじ

長いお別れ 家族
画像出典:http://nagaiowakare.asmik-ace.co.jp/

認知症発症からお別れまでの期間も長いけど、映画自体も127分とガッツリ長い…

映画館だったら、ポップコーンと飲み物の持ち込みは必須。

ハンカチはあってもなくてもいいかな(その理由も後で解説します!)。

それではあらすじをご紹介しましょう。

長いお別れのあらすじ(ネタバレなし)

この映画は東(ひがし)家3世代の物語。

東京の一軒家にいるのは老年の父母だけで、成人した長女・まり(竹内結子)は研究職の夫の仕事の関係で約1年半前からアメリカで生活を送っています。

アメリカの学校に通うまりの子供たかしは、英語ペラペラですが、まりは英語が全く話せず悪戦苦闘。

まりの夫はカタブツな冷血漢なので、夫婦関係は冷えっ冷え。

まりも認知症の父と同じように「(日本に)帰りたい帰りたい」を念仏のごとく唱える毎日です。

妹のふみ(蒼井優)は両親と同じ東京でアパート暮らしですが、どうもダメンズにひっかかる癖があるもよう。

小説家の卵だった彼氏と同棲していましたが、「北海道で農業をする」を理由に彼氏は家出。

そんな2人の娘に、母から1本の電話がかかってきます。

今度お父さんの誕生日だから、家に帰ってきてくれない?

招集された娘たちに知らされたのは、「お父さんが半年前から認知症を発症した」ということでした。

でもこの母、気味が悪いほどの良妻賢母でいつも笑顔で楽観的であまりにフィクション過ぎるw

「絶対こんな人いねーよ!」とツッコミどころ満載なので私の中では1番好感度低い存在です(爆)

長いお別れのあらすじ(ネタバレあり)

長いお別れ メリーゴーランド
画像出典:http://nagaiowakare.asmik-ace.co.jp/

2007年→2009年→2011年→2013年。

映画ではこのようにプツンプツンと区切られてストーリー進行します。

2007年が父の認知症を知らされた年、最後の2013年が父が亡くなった年。

発症から7年で迎えた死――ということでタイトルが「長いお別れ」なんですね。

この映画の主要人物、東家3世代の図をチェックしてみましょう!

長いお別れ 家系図

父は、元校長で教師生活が長く、非常に聡明な人だったことは、夏目漱石の「こころ」や、アインシュタインの「相対性理論」を愛読していることからうかがえます。

認知症発症後も脳トレで漢字ドリルをしているのですが、「子守熊=こあら」など非常に難解な漢字も読み、アメリカからちょくちょく帰国するバイリンガルの孫のたかしに「Kanji Master」と呼ばれます。

たかしは、アメリカの彼女エリザベスの名前を漢字変換してもらい、祖父創作の「襟挫邉洲(エリザベス)」をクールだ!と大喜び。←これがラストへの伏線なので要注意。

でも、2011年にはすでに本は認識できず読書もこんな感じ。

長いお別れ 相対性理論

相対性理論とのギャップが…w

2013年には本を破ってバリバリと食べ始めます。

さて、父昇平が認知症患ってからの妻、娘2人、孫はそれぞれがそれぞれの課題に対して色んなことを考えます。

まず妻は、老老介護も聖母のようにやってのけ、逆に正気か?!のレベル。

長女のふみは、アメリカ生活になじめず、夫婦関係も崩壊していることにフラストレーション爆発寸前。

その息子たかしも、授業サボって廊下でAKB踊ってるような親日の謎の女子、エリザベスとの関係が順調にいかずやきもき。

思春期になったたかしは学校に行かずどこかをほっつき歩くようになり、家に帰れば自室に直行と典型的な反抗期に突入…。

夫とも子供ともコミュニケーションが取れなくなったことに、まりはもう八方塞がり。

次女のふみは一言でいえば料理上手。

そのスキルを活かしバイトにいそしむけれど、この7年の職歴で言うと

「スーパーのお惣菜コーナー → 移動販売車でカレー屋 → さびれた洋食館 → 再びスーパーのお惣菜コーナー」

お世辞にも安定しているとは言えない…w(本人もそれが気楽でいいらしい)。

小説家の卵と別れた後は、父の徘徊をたまたま助けてくれた幼なじみ(バツイチ子持ちでやはりダメンズだったな…)の男性と付き合います。

しかし、その男が離婚前の家庭を愛する力にはかなわず、完敗。

そうこうしているうちに、父の認知症はどんどん進行、デイケアにも通い始めます。

父の口癖は

かえる。

家族も観客もこぞって「どこのこと?」って思うような、参加型の疑問ですわ。

やっぱり1番に人が帰りたい場所って「生まれた家」なんじゃないかな?って皆さんもまず思いますよね?

でも、実際に父をこぎれいな特急列車に乗せ、遠路はるばる父の実家に連れて行ったら、やっぱりこう言うんです。

かえりたい。

一同↓↓↓

 _| ̄|〇

・・・父が帰りたかった場所とは、まあ、予告編でもオープニングでも映るからバレバレだったけどw、遊園地だったんです。

徘徊でたびたび行方不明になる父はGPSが取り付けられたんですが、ある日また行方不明になりました。

母、まり、ふみの3人がスマホでGPSを追跡していくと、父は小田急線に乗って遊園地に行っていて、知らない女の子とメリーゴーランドにぐるぐる乗っていたんです。

これは、お父さんの過去の記憶で、ちょうど映画の中盤で1番感傷に浸れるシーン。

昔、まりとふみが小さかった頃、母と姉妹は3人でこの遊園地にきたんですね。

そのとき雨が降り始めたので、お父さんが傘を持って迎えに来てくれたんです。

帰る場所が遊園地ってちょっと作り込みすぎじゃね!?って思ったけど、そんな私のヨコシマな感情をも上回るのが父役を務めた山崎努さんの演技力。

メリーゴーランドでくるくる回る父を見つけた3人は

おとうさーーん!!

と予告編にあるように無邪気に手を振り、父はかすかに微笑みます。

ここが1番泣けるシーンで、ハンカチがいるのはここくらいです。

ちなみに、父役の山崎努さん、この映画にはほぼセリフはなく、ただ表情と身体の動きだけで認知症の進行を表現するからすごいよ。

基本的に無表情だから、こういう笑うシーンってすっごく貴重で、「あえてのトボケ」を演じる姿はもはや神々しいッス!

迎えた2013年、最期の年。

この年は家族全員にとって変化の年。

まず母が、網膜剥離で入院。

次に父が、大腿骨骨折で同じ病院に入院。

お父さんとお母さんみたいになりたかった・・・

とスカイプみたいなので、ウィスキー片手に父に泣きついていたまりにも良き変化が訪れます。

ある日学校に呼び出されたまりと夫は、担任のアメリカ人先生に

「最近、たかし君は学校に来ていません。不登校になるのは夫婦仲が影響することもありますが、問題はないですか?」

と尋問されますが、英語がわからないまりは「何!?ちゃんと教えてよ!」夫に訳してもらいその場で大爆発。

私だってもっと話し合いたい、愛されたい、抱きしめられたい、キスされたい!!

と日本語でブチ切れ、旦那にブチューーっとキスして教室を飛び出します。←ここはかなり映画館の笑いを誘ってた(笑)

まりと夫の夫婦関係は、ここからようやく改善します。

ふみもダメンズとの縁が切れ、両親の看病にいそしむ日々で、

ふみちゃん、なんか家族っぽい。

と、姉まりから最高の褒め言をもらいます。

家族を家族たらしめるものってなんなんだろうなー?と万引き家族の大ヒットも相まって、私は映画の終盤ずっと考えていました。

万引き家族は血縁あるなしの話だけど、今回は自分の家庭や生活をすでに持ってる人の交流の話。

家族愛なんて幻想という人もいるし、家族愛が1番っていう人もいる・・・。

ただ、弱き者を無料で助けられるのは、やっぱり家族だけなのかなって思ったり。

そして、誤嚥で肺炎を発症した父はそのまま亡くなりますが、死に際や葬儀のシーンは全く出てきません。

連想させるだけです。

この経験を経たふみやまりは、自分の家庭や生活を自分なりに立て直すことができたハッピーエンドです。

そして、最後に映るカットは意外にも孫たかし。

たかしって何気に、この映画のキーパーソンなんだよなぁ。

すでに金髪(ってかもはや白髪)の頭。

たかしはアメリカの学校の校長室に、素行不良で呼び出されていました。

君のことを何でも話してくれ、学校のことでも朝ごはんのことでも何でもいい。

とOpen your mind的アプローチの校長。

校長――そう、亡くなった祖父と同じ、校長です。

たかしが選んだ話題とは、亡くなった祖父のことでした。

たかし「He was forgetting everything.」

(おじいちゃんは、すべてを忘れていきました。)

校長「They call dementia “Long Goodbye”.」

(英語では認知症のことを”長いお別れ”とも言うんだよ。)

たかし「I called him Kanji Master.」

(僕はおじいちゃんのことを漢字マスターと読んでいました。)

そしてあの、伝説の「襟挫邉洲」の紙を校長に見せました。

「Take care!」と言う校長に、「さよなら、マスター」とおじいちゃんに呼びかけるように日本語で返したたかし。

ここで映画は終わるのでその後はわかんないけど、たかしも、しこたまおじいちゃんのことを語って、自分の中でしっくりきたんだと思う。

そろそろグレることも飽きてやめただろうな、っと母さん(私)は思って映画館を出ました。

3.長いお別れの見どころ

長いお別れ 漢字
画像出典:http://nagaiowakare.asmik-ace.co.jp/

この映画、認知症映画と銘打ってはいるものの、おそらくあえて制作サイドは認知症に深入りしていません。

むしろ介護や認知症については一元化が難しかったからか、または集客を伸ばすためか?…とにかく美化されていてツッコミどころも多いんですけど、「見てほしいのはその外側」という制作側の意図もあるのかなと今は思います。

ユーモアとは「にもかかわらず」笑うこと

長いお別れは、泣きと笑いだったら圧倒的に「泣き<笑い」。

いやいや、これはさすがに肩透かしをくらった気分でした。

題材は認知症や死と重いけど、暗くなりすぎないよう「ワンカットここでユーモアを挟む」という工夫が5~10分に1回されてます(今さっきネットニュースで知ったけどこれは原作者からの要望だったそう)。

シリアスな問題に対して、思わず「クスッ」と会場全体が笑うユーモアを本当にうまく取り入れてますね。

その例を、例によって私が映画終了後メモした「映画ノート」にてご紹介しましょう。

長いお別れ ユーモア
(手書きで見づらくスマソ!)

かくいう私はですね、自分で言うのもなんですが、小学校から大学、社会人、現在に至るまで、ユーモア1本で乗り切ってきたようなもんです(笑)

会社の面接や上司との関係もまずユーモア、この1点につきる(いい悪いは置いておいてくれw)。

ドイツの有名なことわざに

ユーモアとは「にもかかわらず」笑うことである

というのがあるんですよ。

私の処世術として使ってきたユーモアセンスの精度はさておき、長いお別れでこれを案外1番実践していたのは、私にとっては最も好感度が低かったあの母かもしれません。

子供たちはただただ父を心配する存在ですが、父が行方不明になってGPSで電車に乗っていることがわかっても、母はスマホのGPS追跡画面に向かって

がんばれー!だってこれ、お父さんなんだから!

と応援する顛末なのですが、これもまた長年生きて、自分の死期さえそれなりに迫っていることも知った妻の「年の劫」から出る、かわいらしくも深いユーモアなのかなぁと思います。

ところで今、日本語から「い」の発音が消えつつあるって知ってますか?

例えば「令和」。

これ「れいわ」ではなく、なんとなく「れーわ」って言ってしまいませんか?

その原因は、現代はPCやスマホの使いすぎで背骨が曲がっている人が多く、顔の表情筋が下に引っ張られて「い」が上手く発音できないんだそうです。

表情筋を使わないと、食べ物を噛む力も弱め、それこそ認知症に繋がると脳科学研究で明らかになっています。

笑うときって「い」の口ですよね。

笑う、笑わせることは、空気感を明るくするレベルにとどまらず、身体的にもいいことがたくさんあるんだなぁ~と、私の陳腐な処世術レベルを超えて学びました…。

ドイツのことわざ通り、辛い状況にあってこそユーモアでリラックスして笑う大切さ・・・そしてその笑いを人と分かち合う大切さ。

これ、本当に大事なことなんですね。

ロゴスを失った存在からの癒し

長いお別れ くりまる
画像出典:http://nagaiowakare.asmik-ace.co.jp/

ギリシャ語でロゴス=知識、理性という意味で、認知症の父はこれを失った存在となります。

亡くなる年の2013年には、大好きな本もページを破ってむしゃむしゃと食べるほどになります。

かといって、何度も言いますが、この映画は父の症状や介護にスポットを当てた映画ではありません。

あくまで主体はその一家の長老父のもと、せっせと自分の生活を営む妻子と孫。

しかし、彼らにとってこの「ロゴスを失った長老」(←私が勝手に命名したw)こそが非常に大きなスパイスとなり、助けられ、癒しにもなるんですよね。

私、なんだかそのことはとてもよくわかるんですよ。

私がこの映画で1番好きなセリフは、予告編でも流れる

まあそう くりまるな。

と認知症の進行した父が、ふみ(蒼井優)に言う意味不明の言葉です。

予告編だとふみが「繋がらないって、切ないね」と先に言っているので、これ、認知症の父とのことを言っているように聞こえますが、そうじゃないんですよ。

この直前ふみが、失恋をしてしまって、男性と繋がることができないことに対して父に愚痴をこぼしているんです。

もちろん、父には通じないとわかってですよ。

そしてその「くりまるな」「でもくりまっちゃうよ~」と微笑ましい2人だけの会話が続くんです。

この時点で、父はまるで「恍惚の人」(1972年 有吉佐和子著)。

「恍惚の人」は当時としては先駆的な認知症介護体験を描いたベストセラーです。

皆さんも、神や仏など、実際に現実的な返答がない存在に、何かを願ったりねだったりすることってありますよね。

でも、仏から

そなたは日ごろの○○が欠けておるから、すぐに○○すべきじゃろう!

なんて即答の助言があるわけではなく、ただ私たちはその場に包みこまれなんとなくホッとしますよね。

人は時として、そういう存在を心の安定のために必要とするんです。

自意識のはっきりした相手ではなく、自分の言葉をジャッジする反応を持たない存在にこそ、実は癒されてしまうという性質。

そういう意味では、ただ「きゃっきゃっ」と笑って泣くだけの赤ちゃんも同じかな、と思います。

しゃべれもしない、歩けもしない赤ちゃんに、こちらも見てるだけで「にこにこ~」ってなってしまいませんか?

バリバリのロゴスで生活している大多数の人たちは、国家、社会システム、経済、子育て、教育という重要な部分を担います。

ただ、それを持たない存在もまた、この世界には大切な役目を果たしてるってことも、「くりまるな」の父と会話したあとの、ふみの安堵の表情を見て思いますね。

言葉が保守的になった時代に

さっきのロゴスの話の延長ですけど、ネットやSNSが登場してからというもの、ものすごく言語って保守的になってるんですよ。

Twitterとかでダーーーって流れてくる文字の羅列がそれを象徴してます。

その代わりに退化しているのが「詩」のような表現法。

詩は、「ことば」自体がリアルに立ち上がってくるような、固定的じゃない、その人の魂による情緒的で曖昧で自由な表現法です。

皆さん、最近詩って読んでます??まあ私も、読んでないけどさw

確かに、ネット社会に生きる私たちにとって、保守的な書き言葉っていうのは、物事を区別し、合理的・論理的な判断材料として秩序立てるのには便利です。

でもこれを使いすぎることって、人が持ってるイマジネーションとトレードしてるんだよね。

保守的な言葉は、本気で心や魂ごと揺さぶらない。

まあ、1ツイートごとに魂揺さぶられてたら、時間が止まって学校にも会社にも行けなくなるねw

そんで「くりまる」で繋がった父とふみ。

そこでは、あの2人にしかわからない、あの2人だけの、あの2人の空間の、他の何者も侵入できない世界を構築しました。

言葉がどんどん保守的になってる時代に、ロゴスを持たない父の大きさってのはそういうミクロな視点でも、思った以上に大きいと思うんですよ。

超高齢化社会に突入した今、確かに何歳になっても頭はクリアでいたいって思うかもしれないけど、こんなくりまる感じの交流手段が増えるのもアリなのかなって思いましたね。

ほれ、↑この文章の私の使う「くりまる」の意味、もうあなたに伝わるでしょ?

私とあなたにおいても今、「くりまる」で1つのリアルな世界が構築できたんですよ。

ロールモデルの重要性

長いお別れ 夫婦
画像出典:http://nagaiowakare.asmik-ace.co.jp/

公式サイトでは著名人のコメントで「夫婦愛がいい」と何人か書いてらっしゃいますが、言わずもがな、それは老年の父と母のことです。

この父母がこの映画に存在する意義は、究極、その子孫の恋愛の「ロールモデル」になることだと思うんですよ。(だからこそあんま認知症は関係ないなと思ったりw)

実はアメリカとかって、夫婦学や恋愛教育がすでに1つの「科学」として成立している国。

研究も実践も、日本とは比にならないほど盛んで「カップルセラピー」や「夫婦カウンセリング」も、今の日本の個人カウンセリングと同じくらい市民権を得ています。

実際にアメリカ留学した知人の話だと、日本の恋愛・夫婦学は50~100年も遅れている国なのだとか。

「恋愛なんて、なぁなぁに実践することでいいじゃん!」と私なんかは思ってしまいますけど、科学できるんですね…。

余談ですがのその恋愛学の権威、アメリカのゴッドマン博士は、たった15分夫婦の会話を聞くだけで、その4年後の離婚率を的確に予測できるそうです(コワw)。

さて、日本はまだまだ婚活ブームの真っ最中。

もしあなたが婚活中か、パートナーとの関係を改善したいと考えているなら朗報です。

まず、この長いお別れの父母のようにロールモデル(人生の模範になる人)を見つけましょう。

このロールモデルを7年間という看取りの作業で見つめ続けたまりとふみ、そしてたかしは、あらすじで書いたように劇的に恋愛関係・自己像を改善させます。

ここでは、ロールモデルを見つけるメリットを「恋愛」というカテゴリに絞って書きますね。

メリットその1「できること」を知る

例えばあなたが恋愛に対して、刺激と安らぎを求めているとしましょう。

そして、その「こんな風になりたい!」という刺激と安らぎをすでに実現している人・カップルを見つけます。

そんな人やカップルがいることを知るだけでも

なんだ、自分、刺激と安らぎを欲張っていいんだ!

と脳内変化が起こります。

まりだったら夫に正直に自分の気持ちが伝えられる夫婦、たかしだったら金髪美女に惚れられる頼もしい男像ですね。

それをすでに実現しているロールモデルの存在は、今までできないと思っていたことを「できる」と当たり前にさせていきます。

この「当たり前」の基準を上げることが幸せをつかむコツ。

あ、ちなみにロールモデルは家族でも芸能人でもいいですよ。

ちなみに私は・・・ジョン・レノンとオノ・ヨーコとかいいなと思ったりするw

メリットその2「理想を実現する方法」を知る

次に、ロールモデルが「どうやって今の状態を築いてきたか?」を観察していれば、それを達成する道のりを知ることができます。

自分の欲しいものを持っている人を探せば探すほど、あなたの「どうせ無理」はどんどん壊れていきます。

「自分が恋愛で欲しいものを欲張る状態」、これを当たり前にすることで、どんどんリミッターがはずれます。

そして今までの「どうせ無理」と思っていたことが「それが普通」と思えるように変化していくんですよ。

長いお別れでは、まりもふみもたかしも、そんなロールモデルをじーっくり観察したからこそ、ここに書いたことと同じプロセスで、自分の恋愛に幸せもたらしたんですね。

さすが、コピー可能な科学の力。。。ってことはさておき、ロールモデルの重要性は、実は私がこの映画で最も印象に残ったことでした。

4.祖母に存在を忘れられたライターしおりの視点

長いお別れ 認知症
画像出典:http://nagaiowakare.asmik-ace.co.jp/

告白しますけど私、おばあちゃんにきれいさっぱり存在を忘れられたんです。

だからなんだかこの話も、他人事と思えないところがありました。

ただ祖母の場合は認知症ではなく、老衰による物忘れだと思います。

18歳で地元を離れ、進学のために首都圏に出てきた私は、そのまま都内で就職もしました。

それから色々事情が重なって約10年間祖母に会えなかった私は、ようやく自分が結婚するとき会えたのですが、会って祖母の開口一番びっくり。

○○市のほうから来た人かね?

ぬ!まさかの痛快な展開。

「しおりだよ、ほら、しーおーり!」とフォローする父の姿も虚しく、

わからないわ~。

と落ち込むでもなくニコニコと料理に手を付ける祖母。

すでに祖母は90歳で、祖父も亡くなっていますが、普通に歩くこともでき、なんと火も使って自炊しながら1人暮らしをしているらしい…。

私、4人の祖父母の中ではこの祖母が1番近所に住んでいて、ホントによく面倒みてもらってたんですよ。

でも、おばあちゃんの頭の中にはもう私は存在してなくて、結局丸1日一緒に過ごしても思い出されることはありませんでした。

このことは、実のところ、とてもすがすがしかったのを覚えています。

私は10年間顔も見せず、どこかに「祖父母不幸」的なひっかかりを持って生活していました。

だから会ったら「もっとこうしてあげればよかった」「ああすべきだった」と後悔の念がわいてくるんじゃないかな?って。

でも、おばあちゃんの頭にもう私自体がいないんだったら、後悔のしようがないじゃないか!ってね。

そういう「念」みたいなもの解き放たれた私は、解放感さえ感じましたね。

その証拠に「おばあちゃん、ひ孫欲しい?」と言ったら

どっちでもええわい。

とケタケタ笑う無頓着っぷり(まあ私、初孫でもないしなw)。

このとき思ったんですよね、死なれる側ってのは忘れられたほうが楽だな、と。

その3年後、おばあちゃんは老衰で亡くなりました。

父いわく「何にも苦しまずに死んだ」ということで、私のほうも悲しいっていうよりも「お疲れさま」っていう気持ちが大きかったですね。

5.長いお別れをオススメしたい人

長いお別れ 青空食堂
画像出典:http://nagaiowakare.asmik-ace.co.jp/

いや~迷いますね、長いお別れをオススメしたい人。

たぶん制作側の意向で、ターゲットが幅広すぎるっつーかw

なもんで認知症や介護現場の大変さを見たいと期待したら、拍子抜けだと思います。

万人ウケタイプのこの映画でも、「特に!」という人を3つピックアップしてみます。

カップルと夫婦

カップルと夫婦にはオススメです。

つまり、2人で行けってことです(笑)

さっきも言いましたが、日本は夫婦やカップルに対して何かトラブルが起きたときにコーチ的存在となる人がとっても少ないです。

サザエさんみたいな拡大家族だったら、フネと波平が、サザエとマスオの見張り役であり相談役でありコーチでしょう?

核家族化が当たり前になったとはいえ、夫婦セラピーが活発になっているわけでもなく、結局トラブルが起きたら悶々と悩むしかないんですよね。

夫婦やカップルの問題はフィフティーフィフティーなので、どっちかが100:0で悪いってことはありません。

2人ともが、同時に一緒に取り組まないと意味がないんですよ。

イチローみたいな一流選手にもコーチはいるわけで、カップルや夫婦にもコーチ的な存在はいるに越したことはないと思います。

ですが残念ながら日本に現状はそういう機能はほぼないので、せめてこの映画でロールモデルを作る大切さ、それによる効果なども、男女ともに学んでいただきたいですね。

私はこの映画を1人で観ましたが、旦那にも観せたかったなと思います(笑)

家族って何だろう?と感じる人

長いお別れ 竹内結子
画像出典:http://nagaiowakare.asmik-ace.co.jp/

家族って何だろうと感じる人にはオススメです。

さっきも書きましたが、家族ってなんだろなってことは、私は映画の特に中盤から終盤にかけてず~っと考えていました。

長いお別れの家族は最初から仲良しですが、まりもふみもたかしも、自分が選んだパートナーとは上手く絆が築けないんです。

生まれる家族を選べないのはしょうがないけど、選んだ家族と上手くやれないって、なんか切ないなぁって。

昨日電車で友人と川崎殺傷事件の話題になって、「ひきこもり」という言葉を言ったら

しっ!今その言葉、言っちゃいけない雰囲気なんだから!

と怒られました。

でもひきこもりってひきこもりじゃなくて、結局立てこもりなんですよね。

日本の殺人事件の半数以上は、家庭内で起こっていますし・・・。

・・・って話がばらついて落としどころもなく申し訳ないんですが、「家族って何だろう?」って考えることがある方には、長いお別れもまた、1つの考える材料としてちょっと観ていただきたいんですよ。

気力が落ちている人

「はぁ…」と気が付けばため息をついている、気力の落ちている人にはオススメです。

長い映画なので、後方の座席を予約してゆったりとした気分で観ましょう。

この映画に登場する人たちは、本来はめちゃくちゃ疲れています。

誰ひとり「過酷ではない」という状況の人はいません。

そのことに向き合うんだけど、深入りするところまでは映画では見せてこないんですよね。

だから、終始穏やかで平和で「疲れたなら一緒に悩もうよ」的なフレンドリーな感触って言ったらいいのかな。

2時間強という限られた時間で、なんだかちょっと笑わせてくれて、なんだかちょっとリラックスさせてくれるような、日常のギスギス感から解放されてくれる映画ですね。

さすがの豪華キャストぞろいなので、演技にイラつくと言ったこともなく、やさし~くあなたを心のマッサージ屋みたいに包み込んでくれるでしょう。

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