映画モアナと伝説の海は実話?!誰も知らない主題歌とマウイの真実とは【あらすじネタバレ】

モアナと伝説の海 ポスター

こんにちは!エンタメブリッジライターしおりです。

今回はディズニーアニメ映画「モアナと伝説の海」についてご紹介します!

モアナと言えば「そらと~うみが~であ~う~♪」と主題歌How Far I’ll Go(どこまでも)がたちまち大ヒットアニソンに躍り出ましたが、ストーリー自体は1回観れば満足満足!という方も多いかもしれませんね。

主題歌の他にも半神半人マウイの「You’re Welcome(俺のおかげさ)」、モンスターガニタマトアの「Shiny(シャイニー)」など思わず口ずさんでしまう楽しい歌はモアナの魅力の1つ。

肝心のストーリーは「1人の少女が勇気を出して立ち上がった!」ってめでたしめでたしで完結しがちなんですが、まあまあそんなに浅い話じゃないんですよ、モアナは。

モアナと伝説の海の海って実話ベースなんです。

これから歴史を作る映画ではなく「歴史が作られたのを振り返る映画」なんです。

5年間、フラダンスの振付師、ネイティブのタトゥーアーティスト、考古学者、サモア映画製作者、ポリネシアの首長や漁師など先住民も交えてチームで制作された映画モアナと伝説の海。

モアナという1人の人間はこの壮大な歴史の中で、いつ、どこにいた人なのか…?

どこからどこまでが真実で、どこまでがディズニーのフィクションなのか?

早速その謎を探っていきましょう!

1.モアナと伝説の海の作品紹介

公開日:2016年11月23日 (アメリカ)
監督:ロン・クレメンツ(Ron Clements)、ジョン・マスカー(John Musker)
脚本:ジャレド・ブッシュ(Jared Bush)
出演者:アウリイ・カルヴァーリョ(Auliʻi Cravalho)、ドウェイン・ジョンソン(Dwayne Johnson)、アラン・テュディック(Alan Tudyk)、ほか。
日本語吹替:屋比久知奈、尾上松也、夏木マリ、安崎求、中村千絵。
主題歌:How Far I’ll Go(どこまでも)
受賞歴:アカデミー賞、ゴールデングローブ賞ノミネート。アニー賞にて、視覚効果賞、ボイスキャスト賞受賞。

2.モアナと伝説の海のあらすじ

モアナ 画像 主題歌
画像出典:https://tsutayamovie.jp/

  • 「そのとき天と地は今だ分かれず、交じり合っている状態が無限に広がっていた。」(古事記のはじめ)
  • 「初めに、神が天と地を創造した。地は茫漠として何もなかった。」(旧約聖書のはじめ)

モアナの世界観もまたこのようで、「最初に海があった」という世界創造の話から、6分のタラおばあちゃんのポリネシアの昔話のナレーションが理解できるかが最重要ポイントです。

製作陣はあえて最初にドンとポリネシアの世界観を説明しきっているんですね。

ナレーションを1単語でも聞き流すと、その後2時間のストーリー展開がついていけなくなりますので、まだ映画を見ていない方は最初に最大の集中力を発揮していただきたいと思います!

モアナと伝説の海のあらすじ(ネタバレなし)

始めに海があった。

「テ・フィティ」という女神がいて、テ・フィティは命を生み出すことができた。

しかし、その力を欲しがる者が現れた。

半神半人(吹き替えでは『風と海の神』)で魔法の釣り針を持つマウイが、テ・フィティの心を盗んだ。

それ以来世界には暗闇が広がった。

1000年経った今も、闇の支配者テ・カァと魔物たちがその力をどんどん広げている…。

モアナの祖母であるタラおばあちゃんの、最初の子供たちへ話す昔話から始まるモアナと伝説の海。

あまりの怖さに泣く子供、倒れる子供がいる中で、拍手をして面白がる赤ちゃんーーそれがモアナでした。

モアナはモトゥヌイというポリネシアに浮かぶ小さな島の村長の娘で、代々続く村長の家系に生まれた1人娘。

ある日、モアナは砂浜で小さな海ガメが海に帰ろうとするのを、鳥などの天敵から守って助けてあげました。

それを見ていた海――映画の中で海とは”意思と魂を持つ存在”です。

モーセの紅海割りのようにモアナに道を開き、波でぴょこんと挨拶して海とモアナには特別な絆ができます。

それから「海に選ばれた者」として人生を歩むモアナですが、航海で友人を亡くした経験のある父は、

海は危険だ!サンゴ礁の外には絶対に出てはいけない!島にいれば安全なんだ!

とモアナに教育(というか洗脳)の毎日。

父は村長なので、これがそのまま島のルールとなり、誰もサンゴ礁を超えて海に出ようとする人はいません。

そして海ばかり見ているモアナを見つけては、180度クルリとUターンさせてしょっぴいていきます。

世襲制なので、そのまま16歳で村長になったモアナ。

その直後に島で事件が勃発します!

「ココナッツが収穫できない」「漁で魚が1匹も獲れない」と、闇の支配者テ・カァの魔の手がとうとうモトゥヌイ島を襲ってきたのでした。

タラおばあちゃんの昔話はこう締めくくられます。

いつか選ばれし勇気あるものが失われたテ・フィティの心を見つけ、マウイと共にテ・フィティに心を返す旅に出るのだ。

モアナが村の慣習を破ってサンゴ礁の外へ出て、テ・フィティに心を返し、平和をもたらす存在となるのか!?

海を舞台にした少女の大冒険の始まりです!

モアナと伝説の海のあらすじ(ネタバレあり)

モアナ 画像 主題歌
画像出典:https://tsutayamovie.jp/

本作では、海は生きたキャラクターの1つです。

初めにポリネシアを旅した製作チームは、まず海が島の人々にとって「すべての島を繋ぐもの、魂が宿るもの」と特別な存在であることに驚いたそう。

山や水までご神体とする、世界でもインドの次に神が多いとされる多神教の日本人にこの話はスンナリ理解しやすいですが、一神教の国ではこの価値観は衝撃だったでしょうね。

「サンゴ礁の外はダメ!ゼッタイ!」の島のヒキコモリ教育を16年受けてきたモアナですが、モアナのメンターで唯一の味方となっていたのはタラおばあちゃんでした。

タラは「変人が仕事」という風変わりなばあさんで(でも大好きw)、海辺でよく1人フラのポリネシアのウォーターダンス(Polynesian water dance)を踊っているのですが、ある日モアナに村の知られざる洞窟を案内します。

そこには、村で封印されていた歴史…テ・カァの魔の手により海が荒れる前、先祖がポリネシアの島から島へ大航海をしていた時代のカヌーが何隻もあったのです!

先祖代々この島に引きこもっていたと思っていたモアナは衝撃を受け、

先祖は海を渡ってたんだわ!

と目をキラキラさせて希望を持ちます。

ここで少しポリネシアの歴史について解説しましょう、下の地図をご覧くださいませ。

ポリネシア 歴史 モアナ画像出典:https://www.wastours.jp/

ポリネシアとは北はハワイ、南はニュージーランド、西はイースター島までの太平洋広域の島々のことを言い(ニュージーランドってオセアニアじゃないんですね…)、ポリネシアントライアングル圏の国々は非常に近しい文化を持っています。

私自身もタヒチ(フランス領)からのイースター島(チリ領)を旅したことがあるのですが、公用語がフランス語からスペイン語に変わるのでさぞかしこの2つは異なる文化を持つんだろうと思っていたのですが、ダンスや音楽、タトゥー文化もあまりに似ていたのでびっくりしました(違いはモアイかあるかないかですね)。

ポリネシアに人が住み始めたのは起源はB.C.1500~1000年頃と言われ、サモアやトンガを拠点に、その後何万キロも離れた太平洋の島々に散らばったポリネシアン。

映画モアナではモトゥヌイは架空の島であって特定の場所を舞台にしてないそうで、モアナの慣習や生活様式はポリネシア圏の島々のミックスになっています。

あらすじに戻ると、ルーツを知ったモアナは「自分のこそサンゴ礁の外に出て、島を救う人になる」と固く決心!

その夜タラおばあちゃんが寿命で死を迎え、死に際にモアナにこう告げました。

海がお前を選んだんだ。お行きなさい…。

マウイを探して、一緒にテ・フィティに心を返すんだ…。

こう言うんだよ、「私はモトゥヌイのモアナ」。

背中にエイのタトゥーを入れているタラは、生まれ変わってもエイになってモアナのそばにいることを約束。

そして、おばあちゃんが密かに見つけていたテ・フィティの心(小さい渦巻の貝殻のようなもの)をモアナに渡します。

父と母を振り切るように、モアナはカヌーに乗ってついに島を飛び出しました!(なぜかおバカなニワトリ、その名もヘイヘイも乗り込んでます…)。

ところがですね…帆の立て方も知らないモアナは「I am Moana of Motunui.(私はモトゥヌイのモアナよ!)」と意気込みだけはいっちょまえに連発し続けるものの、運転はわっちゃわちゃ…。

ソッコー嵐で高波にさらわれ転覆し、見たこともない小さな岩の島に漂着しました。

でも、なんとここがテ・フィティの心を盗んだ半神マウイが1000年間住んでいる島だったのです(海がモアナを運んできてくれたんですね)。

モアナ 画像 主題歌
画像出典:https://tsutayamovie.jp/

マウイ…半神半人と言うからにはさぞかし恐れ多く神々しいと思いきや、めちゃくちゃマッチョ…。

ナルシストな面白キャラで、モアナのことも”ファンが自分に会いに来たのだ”とパドルにサインするおバカっぷり。

ちなみにマウイのタトゥーはアニメのように動くようになっていて、マウイの感情に合わせてタトゥーのミニマウイが動きます(笑)

マウイはテ・フィティの心を盗んだことに罪の意識はなく、むしろそのパワーで民に島や太陽や空やココナッツを欲しいだけあげて「オレは脚光を浴びるに値するだろう~♪」と浮かれているもよう。

まあこれはマウイ自身にも悲しい過去があり、いわゆる承認欲求の満たし的な部分につまずいている結果なんですけどね。

マウイ劇場に業を煮やしたモアナは

私はモトゥヌイのモアナよ!

あなたと一緒に、テ・フィティに心を返しに行くの。

とあのモアナ宣言をとうとう発動!

しかしマウイはそんなことは聞いちゃおらず、テ・フィティの心を盗んだとき魔法の釣り針を落としてしまったから、「釣り針がないと神通力は発揮できない」と拒否。

ってことでモアナを適当な洞窟に閉じ込めて、自分だけカヌーに乗って1000年ぶりに島から脱出します…が!海を味方につけているモアナはサーと波が運んでくれて2人カヌーに乗り込みます。

モアナは脚光欲の強いマウイに対して、上手いこと人心掌握術を行使。

「あなたがテ・フィティに心を返したらヒーローよ!みんなに拍手を送られるわ!」的なことを言ってまんまとマウイを巻き込んで、まず魔法の釣り針を持っているカニの怪物”タマトア”を目指します。

しかし、その途中で試練勃発!ココナッツの海賊に、おばあちゃんからもらったテ・フィティの心が狙われます。

マウイの航海術は天下一品(これは古代ポリネシアでは非常に重要なことなんですね)、なんとか逃げ切ります。

モアナもマウイから航海術を教わりました。――星の見方、風の読み方、海水の温度…(温かくなったと思ったらマウイのお〇っこだったというギャグもあり)。

そして着いたカニの怪物タマトアの住み家。

このタマトアもまた面白キャラで、きんきらきんの物の収集癖があり甲羅はジュエリーデコ状態で原形とどめてませんw

「シャイニー(Shiny)」といういかにもきんきらきん好きな歌を歌い始め、その間にマウイは魔法の釣り針奪取に成功!

しかし、1000年魔法の釣り針を触っていなかったマウイの腕はなまっていました。

どれくらいなまっているかというと、これくらいです↓↓

モアナ 画像 主題歌
画像出典:https://tsutayamovie.jp/

しかしそこは諦めずに、今度はいよいよテ・フィティに心を返しにボン・ボヤージュ!

テ・フィティの前には、テ・カァという溶岩の魔物がいるので、そいつを突破しないとテ・フィティにはたどり着きません。

このテ・カァ、「サイコ…ホラー…?」というほどおっかない生き物です。

前年アナ雪のように爆発的に子供を取り込めなかった要因の1つは「テ・カァが怖すぎて泣く」という幼児の顧客の逃避行があったことは想像にたやすいですね(事実、我が娘もテ・カァのシーンで映画館を退出)。

どのくらい怖いかというと、これくらいです↓↓

モアナ 画像 テ・カァ
画像出典:https://tsutayamovie.jp/

呪怨かよ・・・。

まあそれはさておき、このラスボス、テ・カァとの戦いにおいて魔法の針が焦げて1度失敗に終わったマウイとモアナ。

ここでマウイとモアナに分裂が勃発してしまいました。

マウイは「お前のせいで釣り針があと1撃で壊れる!俺は釣り針がないと何にもできねーんだ!」とモアナに大立腹!

「あなたなら大丈夫よ」なんて軽々しく話すモアナにマウイはこう告白します。

俺はもともと神じゃないんだ、人間の子なんだよ。

親は俺を一目見て「こんな子はいらない」…そう思ったんだろうな。

それで海に捨てたんだ。

「何の役にも立たない」って。

マウイーーー(涙)!

悲しすぎる生育歴・・・そんなマウイを気に留めた神が、マウイに魔法の釣り針を渡し、以来マウイは半神半人(風と海の神)となったそう。

さて、ここでモアナとマウイの共通点が見えてきます。

「自分は選ばれた、でも、何をしていいかわからない」

この後半の個人のバックグラウンドが出てくるあたりから欧米っぽさが出てきますね。

2人とも海や神に選ばれし存在なのに、それが本当なのか?その役割をどう果たすのか?、俗にいう「WhoIam?」が分からないのです。

そしてマウイも「もうお前には付き合いきれない、魔法の釣り針もあと1回で壊れてしまうし、テ・カァを倒すことに興味などない」と怒ってモアナを見捨てていきました…。

大海原の上、ポツンと小さなカヌーの上で「やっぱりダメだった…できなかったわ…」と絶望してしくしく泣くモアナ。

そこへ、キラリ~と光るエイの亡霊の姿が!亡くなったタラおばあちゃんがモアナを励ましに霊となってカヌーに現れたのです!

ひとしきり励ましたおばあちゃんは、思慮深き言葉を残していきました。

選ばれるとはどういうことか?お前は誰か?

さあ考えるんだよ。

ここで主題歌How Far I’ll Go(どこまでも)のリプライズを歌い、モアナは叫ぶのでした。

悩んでいたけど 新しい世界へ行くのよ

決めたのは私自身 

私はモアナーーーーーー!

「海に出たい!村に平和を取り戻したい!」というのは選ばれる/選ばれないの問題ではなく、モアナ自身の内なる声、切なる願い、これぞ「Who I am」だったことに気づいたんです。

それまで「海に選ばれたからテ・フィティに心を返しにいく」と口癖のように言っていたことは、いわば外付けの理由だったんですね。

そしてすっかり板についた航海術で1人テ・カァを突破することに決めたモアナ。

またおどろおどろしいテ・カァとの格闘シーンがあるのですが、見事モアナはテ・カァを振り切り、テ・フィティがいるはずの場所へ進みますが、なんとそこはもぬけの殻でした。

実は、魔物テ・カァこそ心を失くしたテ・フィティそのものだったのです。

つまり、心を返すべきはテ・カァの胸。

テ・カァに近づこうとするモアナですが、巨大溶岩モンスターと化したテ・カァに焼き尽くされる寸前に!

そこへマウイが鳥に変身して登場し、モアナを間一髪助けます。

「本当の自分を決められるのはあなただけよ!本当のあなたになって!」とモアナに言われ、仲直りした2人は手を取り合ってテ・カァと対決。

マウイは魔法の釣り針を再起不能としながら、モアナは無事テ・カァに心を埋め込むことに成功します!

みるみる溶岩モンスターは艶やかな緑となり、草木や花々が生え、平和の象徴ともいうべき女神テ・フィティに立ち返りました。

テ・フィティもまた、モアナやマウイと同じテーマを抱えていたと言えますね。

心を失い、自分が別物のようになり、誰だかわからなくなった後、どう自分らしさに立ち返るか?って問題。

最後、マウイは新しい釣り針を蘇ったテ・フィティからプレゼントされますが、マウイのセリフは印象的です。

釣り針があってもなくても、俺はマウイだ!

モアナはモトゥヌイに英雄として戻り、モトゥヌイの島民たちは、先祖がやっていたのと同じように再び新しい島を求めて大航海に出たのでした。

3.モアナと伝説の海の見どころ

モアナ 画像 主題歌
画像出典:https://tsutayamovie.jp/

続いてはモアナと伝説の海の見どころについて解説いたします。

私も初め観たときはそうだったんたんですけど、モアナと伝説の海はモアナの個人的物語だと思っていました。

でもモアナの見どころは、実は古代ポリネシアの歴史と、現在のポリネシア、モアナの個人的な話の3つがうまく絡み合って1つの作品となっていることですね。

ということで主題歌How Far I’ll Goでモアナ個人の心象を解説した後、どのように古代ポリネシアの歴史と絡んでいるのか見ていきましょう!

主題歌How Far I’ll Go【歌詞と和訳解説】

I’ve been staring at the edge of the water
‘Long as I can remember, never really knowing why
I wish I could be the perfect daughter
But I come back to the water, no matter how hard I try

波打ち際でずっとずっと見つめてた
記憶にある限りずっとよ 自分でもなぜなのかはわからないわ
完璧な娘になろうとしてきたけど
どんなにがんばっても 海に戻ってきてしまう

  • 完璧な娘とは、お父さんの指示通り、海には絶対に近づかないことです。
    その状態で村長としてこの島を統治することです。
    それでも海に惹かれ、海と通じ合うモアナは毎日のように波打ち際に立って、海の向こうに思いをはせるのです。

Every turn I take, every trail I track
Every path I make, every road leads back
To the place I know, where I can not go, where I long to be

どの曲がり角も どの小道も
通ってきたどんな道も 私を導いてくれた道は
どれも私が知ってる あの場所に繋がる
そこに行くことはできないけど そこが私の居場所なのよ

  • 「every 〇 I~」で韻を踏む4連発の詩。
    「lead back=guide(導く、案内する)」の意。
    turn(角)、trail(自然の中のでこぼこ道)、path(通路)、road(道)…とだんだん抽象的になって、道は「モアナ自身が選択すること、海の向こう」という含みが出てきます。

See the line where the sky meets the sea? It calls me
And no one knows, how far it goes
If the wind in my sail on the sea stays behind me
One day I’ll know, if I go there’s just no telling how far I’ll go

空と海が出会う地平線を見てごらんって?
それはわたしを呼んでるのよ
それがどれだけ遠いのか 誰も知らない
もしも航海に出て風に吹かれたら いつかわかるわ
自分がどれだけ遠くに行くか 誰にもわからない

  • 映画では砂浜のカヌーに乗って、海に乗り出そうと恋焦がれるシーン。
    「behind me=close to me」という意味ですね。
    風を味方につけてなびかせて海へ出たら、「how far I’ll go=adventure(冒険)」が始まると予感しているモアナの姿です。

I know everybody on this island, seems so happy on this island
Everything is by design
I know everybody on this island has a role on this island
So maybe I can roll with mine

この島の人のことは なんでも知ってる
島にいたら みんなとっても幸せそうよ
全部決められた通りでいいの
この島では 誰でもこの島だけの役割があるの
だから きっと私も自分の役割を果たせるはずよ

  • 映画では、海に憧れて砂浜のカヌーに乗ってみるモアナ。
    しかしモアナはUターンして、島の人たちの穏やかな暮らしに目をやります。
    モアナは村長として、これまでになかったやり方で島をもっといい方向へ導けると考えています。
    「roll=転がりながらどこかへ行くこと」ですが、つまりモアナは航海をすることが島を救うとわかっていても、それがどれほど困難なことかも理解しているということですね。

I can lead with pride, I can make us strong
I’ll be satisfied if I play along
But the voice inside sings a different song
What is wrong with me?

誇りをもって島民を導けるわ 島をもっと強くできるわ
もし同じことをやって協力できたら満足ね
でも内なる声は 違う歌を歌ってる
それの何がいけないの?

  • 村長だけが行くことのできる岩山の上に登りながら、先祖代々の村長の「統治の証」とする石を置こうとしながら置けないモアナ。
    モアナは、先祖のやり方とは違う統治方法を目指しているからです。
    村を導ける自信があるにもかかわらず、それが実行できないもどかしさに「What is wrong with me?(何か私間違ってる?)」と思わず言います。

See the light as it shines on the sea? It’s blinding
But no one knows, how deep it goes
And it seems like it’s calling out to me, so come find me
And let me know, what’s beyond that line, will I cross that line?

海を照らす光が見えるかって?目がくらんでしまうわ
でも誰も知らない それがどれだけ深いのか
その光はまるで私を呼んでるみたい 来て私を見つけてってね
それから私に教えてくれる
地平線の向こうには何があるのか?地平線を超えられるの?

  • いよいよ海に一目散に駆け抜けて、海に漕ぎ出そうとします。
    「cross that line」のlineとは地平線を差しますが、英語表現には「cross the line=一線を超える」という意味があります。
    モアナワールドでは、地平線を超えることは人として一線を超える行為という含みがあるのでしょう。

See the line where the sky meets the sea? It calls me
And no one knows, how far it goes
If the wind in my sail on the sea stays behind me
One day I’ll know, how far I’ll go

空と海が出会う地平線を見てごらんって?
それはわたしを呼んでるのよ
それがどれだけ遠いのか 誰も知らない
もしも航海に出て風に吹かれたら いつかわかるわ
どれほど遠いのかは いつかきっとわかるわね

  • いよいよ海にカヌーを漕ぎ出し、コンフォート・ゾーンを抜け出したモアナ。
    転調して盛り上がりながら流れる最後のこの節。
    ここでhow far I’ll goは、もはやhope(希望)の意味を含んでいます。

モアナは実話!?舞台はポリネシアの史実だった

モアナ 画像 主題歌
画像出典:https://tsutayamovie.jp/

ここからは、「モアナと伝説の海」の舞台となった実際の歴史の真実を考察していきましょう!

まず、ポリネシアとはギリシャ語でポリュス・ネソス(POLUS NESOS)と言い「たくさんの島々」という意味です。

地図を見れば小さな島がたくさんあるので納得ですが、ポリネシア諸島の周辺の海は、あの氷河期に海面が下がっていた時代もすでに海だったというから驚きです。

では、モアナの舞台となった歴史のシーンはどこでしょうか?ポリネシア人の大航海時代の移動図を見てください。

モアナ 歴史

ポリネシア人びルーツは、実は私たちと同じモンゴロイドとする説が有力。

台湾からフィリピン、ニューギニアと移動し、紀元前1500~1000年頃までに現在のフィジー諸島、トンガ、サモア諸島に移住して大航海時代はいったん終了します。

モアナが劇中で観た祖先の記憶とは、ダブルカヌー(上の画像のように2つのカヌーを繋げたカヌー)でこのトンガやサモアまで大移動した航海者でしょう。

そこからポリネシア人は、なんと航海をやめてしまう約1000年の空白があるんです!

この期間を英語では「The long pause」と言います。

これこそ映画モアナに描かれている史実で、奇遇にも最初にタラおばあちゃんもテ・フィティの心が盗まれて”1000年”、マウイも島に閉じ込められて”1000年”って言うでしょう?

そして1000年が経過した後、ポリネシア人はタヒチ北東のマルケサス諸島に再び大航海を始めるのですが、これこそモアナのエンディングでダブルカヌーで島民が新しい島へ船出していくシーンでしょう。

このエンディング、「え、せっかく島に平和が戻ったのに、なんで島を捨ててわざわざ出ていくの…?」と私は最初思ってたんですけど、ポリネシアの歴史を知って納得です。

モアナと伝説の海は、ポリネシア人が「The long pause」に終止符を打って、次の大航海(歴史的にはマルケサス諸島)に飛び出していった実話ベースなんです。

もちろん、映画では現代化されたフィクションも加えられていて、「テ・フィティの盗まれた心を返して平和を取り戻す」と歴史を独自のバージョンに創作し、ポリネシアで人気の半神マウイを含めたストーリーにしています。

マルケサス諸島に到達したポリネシア人は、次にハワイ、ラパヌイ(イースター島)、タヒチ、ニュージーランドへ航海を続け、太平洋全域に交易と生活を広げます。

ちなみにこれら大航海の歴史、考古学者たちはマウイが持っていたような釣り針(当時は動物の骨や歯で作られていた)をもとに研究されているんですよ。

モアナも運転!古代ポリネシア人の驚くべき航海術

モアナ 画像 主題歌
画像出典:https://tsutayamovie.jp/

ポリネシア人がこれだけ遠~くにある島を目指した理由はいまだに謎。

しかし、ポリネシア人が非常に高度な航海技術を持っていたことだけは確かです。

その精度の高さと言ったら、GPSもコンパスもない時代に10,000キロ移動して1kmのズレが生じる程度!

映画でモアナは航海術をマウイに教わっていますよね。

20世紀動力船が入ってくるまでは、モアナやマウイがやっていたように風、星、鳥、波、水温を恐ろしいほど正確に読み、カヌーだけで移動していました。

モアナが夜空に必死で手を当てて星を見ていたように星座の位置は特に重要で、ポリネシア人は星座によって32方位を正確に計測していたといいます。

モアナの乗っていた少人数用のカヌー(正式にはシングルアウトリガー・カヌー)も東西南北を知る重要な構造になっていて、例えば実際の航海術では次ように方位を計って運行していました↓↓

モアナ 主題歌 ボート

ちなみにこのシングルアウトリガー・カヌー、時速15km/hも出るスピードが速い快速船だそう。

最後のテ・カァとの対決でヒュ~ンと帆を翻して翻弄できたのも、このシングルアウトリガー・カヌーの可動力ならではなんですね!

一方、モアナの祖先や、モアナがエンディング島を島民と出ていくとき乗っていた、カヌーを2隻繋ぎ合わせた大きなダブルカヌーは20トンも荷物が載せられる重量船です。

モアナは最後、マウイを自分の島のモトゥヌイに誘い「島の人に航海術を教えてほしいと」言いましたが、マウイはモアナに「もうお前がいるだろ」と断りました。

しれっと見過ごしてしまいそうなこのシーン、ポリネシアの人々にとって航海術を身に着けられるということは成人通過儀礼にパスするほど高尚なことなんです。

事実、ミクロネシアのサワタル島では「ポ」という航海術習得儀礼が行われており、4~5歳から航海に連れ出されて、20歳頃にようやく儀式を経て「航海士」の仲間入りができたそうですよ。

際立つキャラ半神半人マウイは実在する?

モアナ 画像 マウイ
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モアナと伝説の中でも中でも人気キャラ、マウイ。

「半神半人」というからにはどんな奴やねん(失敬)と思いきや、日本神話のスサノオに似ているなという印象です。

スサノオは、天照大神の弟で大海原を治めることになりましたが、お調子者で田畑を荒らしたり、母ちゃん恋しさにビービー泣いたりと、「そういう男いる~!」と女なら1度は呟くような存在。

とはいえどこか憎めない人気の神様スサノオ、劇中のマウイもまたそのような存在として描かれています。

ハワイに行ったことがある人はよくご存じかもしれませんが、マウイはハワイだけではなくポリネシア各地の神話や民話の物語に登場する人気の神なんですよ。

ポリネシアに散らばるマウイの起源と魔力は様々なバージョンがありますが、映画とマウイが歌う歌「You’re welcome(俺のおかげさ)」の歌詞は、これらすべてをミックスしたマウイ神話をかき集めた内容となっています。

例えば、

  • Hey, what has two thumbs and pulled up the sky.When you were waddling yay high? This guy!
    (ヘイ!人間のために俺は 空を高く押し上げた)
  •  When the nights got cold, who stole you fire from down below? You’re looking at him, yo!
    (おまえがちっこい頃 俺は寒い夜に 火を盗んできてやった)
  •  Oh, also I lasso’d the sun. To stretch your days and bring you fun.
    (縄で太陽つかまえて 昼間を長くしてやったんだ)
  •  Also, I harnessed the breeze. To fill your sails and shake your trees.
    (風を飼いならして 船に追い風吹かせた 木も揺らせてやったんだ)
  •  For the islands I pulled from the sea.
    (オレは海から島も引き上げたさ)
  •  I killed an eel, I buried its guts. Sprouted a tree, now you’ve got coconuts.
    (ウナギ殺し埋めたら 生えてきたのさココナッツ)

モアナと伝説の海自体が特定の島を舞台とはしていないポリネシアのミックスですが、マウイもまた特定の島の神話だけに基づかないミックスとして描かれています。

先日ラグビーW杯が日本で開催されて盛り上がっていましたが、マウイは、ニュージーランドのオールブラックスが試合前にやるマオリ族のハカを、テカーの気をそらすシーンでやっています。

挿入歌は何語?トリビアあれこれ

モアナ 画像 主題歌
画像出典:https://tsutayamovie.jp/

モアナはMoana=海(ハワイ語、マオリ語)。

モアナって、観ていると「これって何語?」といった独特のサントラや人名、慣習の名前が出てきますよね。

最後に、映画モアナに出てくるさまざまな言語ついて解説します。

ポリネシアの島々の言葉は非常によく似た言語ですので、一概にこの島と言えない言語もたくさんあります。

赤ちゃんモアナが海と出会うシーン、先祖の大航海の記憶のシーンはサモア語で、男たちが歌っている歌詞は、

 “Nuku i mua. Te manulele e tataki e”

(先に土地がある。飛ぶ鳥が私たちをそこに連れて行く)

終わりなき航海をする村長たちの物語が集約されていますね。

【その他】

テ・フィティ=ニュージーランドに実在する都市だが、タヒチ語で大きな島の意(テ・フィティの島の形からタヒチ島では?との解釈もあります)。

テ・カァ=ハワイのPeleと呼ばれる火山の神という説あり。

ヘイヘイ=チキン。

モアナの母がおでこをくっつけて挨拶をするのは「Hongi」と呼ばれる典型的なマオリの挨拶で、いたるところにポリネシアの慣習や言語が散りばめられています。

4.モアナと伝説の海 ライターしおりの視点

モアナ 画像 主題歌
画像出典:https://tsutayamovie.jp/

アラジンから13年…ディズニーは再び異文化に乗り出し、ポリネシアの映画化に挑戦しました。

実は1990年代のアラジンやムーランで、描写が人種差別的だと現地で批判が起こったのも事実。

モアナもこれまで書いてきたように一見上手くポリネシア文化を描写しているようですが、その中でアメリカナイズ&ディズニー化された差別的描写があることは否めません。

そのことを私の視点として考察したいと思います。

結局はアメリカ・ディズニーらしく描かれたポリネシア

ディズニーは言うまでもなく、多様性に焦点を当て続けるアメリカのグローバル企業であり映画配給会社の1つです。

例えば1990年代のアラジンなど、それまでの白人にブロンドといった典型的なプリンセス像を壊し、中東やアジアのプリンセスの姿を作り興行的成功を収めました。

とはいえ、アラジンは現地の人から差別的だと次のような非難を受けたんです。

  • ジャスミンだけ、他のキャラより色白。
  • ジャスミンと王子だけアメリカアクセントで話し、他のキャラはアラビアなまりの英語にしている。
  • ジャスミンは王女と言うより踊り子として描かれており、踊り子は現地では身分が低い。

アラジンから沈黙の13年が過ぎ、果敢にも今度はポリネシアに挑戦したのがモアナと伝説の海なんですね。

モアナが90年代のアラジンやムーランよりも進歩した点は、プリンセスとしてのモアナのビジュアル、文化的習慣、ダンス、音楽、道具、背景、ことわざ、格言、ジェスチャー、キャラクターの外見などなど、より現地に違づくように設定されたことです。

これらは素晴らしい変化ですが、それでもなお”アメリカナイズされたポリネシア”は随所に見受けられました。

例えば共同体の中でモアナが反抗と個人主義的行動をとるのはディズニーらしくアメリカ的(とはいえこの程度なら、ストーリーとの兼ね合いでギリOKでしょう)。

しかし現地で巻き起こった最大の批判とは、ココナッツやプルメリアの多用で、「何それ当たり前じゃん」などと思ってしまいそうですが、これぞアメリカ化されたポリネシアなんです。

プルメリアは、ハワイには18世紀ヨーロッパ入植後に初めてやってきた花で、侵略のシンボルとも言える花。

モアナの舞台である大航海時代にはもちろん存在しません。

また、モトゥヌイの暮らしはやたらココナッツが賞賛されますが、「ココナッツがあれば何でもできる!」と大喜びするポリネシア人は、日本人が「米さえあればええじゃないかええじゃないか!」とどんちゃん騒ぎして描写されるのと同じようなものでしょうか?←だとしたらやっぱり屈辱的ですね…。

親子問題のバックグラウンドを持つマウイもアメリカらしいですよね。

タヒチやマオリのアイデンティティと言えるタトゥーも、女性はタラおばあちゃんだけに絞り込ませたのもディズニーらしさです。

タラおばあちゃんはヒロインを助けるメンターで、これも古典的なディズニーの手法。

モアナの右腕となる海が、生きた魔法キャラとして描かれるのもディズニーらしいです(だいたい動物がその役になりますよね)。

このように、90年代から13年のブランクがあってからの異文化に挑んだ「モアナと伝説の海」ですが、制作チームに監視役の現地ポリネシア人を入れたとしてもなお、ポリネシアのアメリカ・ディズニーらしい描き方は変えられなかった部分はあります。

だからこそ「モアナこそポリネシア」という浅はかな勘違いは、現地の方をレスペクトする意味でも控えていたほうがいいですね。

5.モアナと伝説の海をオススメしたい人

モアナ 画像 主題歌
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最後に「モアナと伝説の海」は次のような方に観ていただきたいと思います!

とはいえターゲット層は迷いますね~…。

映像の美しさや、勇気を持つことの大切さはぜひ子供に見せたい内容で、ディズニーもそこを見越していると思いますが、いかんせんテ・カァが怖すぎ…必然的にアナ雪より年齢層は上になりそうです。

テ・カァの怖さを乗り越えられる年齢になれば、ぜひ少女から見ていただきたい映画です♪

「人と違う」と言われたら傷ついてしまう人

「人と違う」と言われたら、なんだか傷ついてしまう人にはオススメです。

出る杭は打たれるとはよく言ったもので、日本は異質なものを受け入れて尊重するスピリットは世界的にもはるかに少ない閉ざされた島社会…まるでモトゥヌイです。

うちの娘(6歳)は髪の毛が天パなのですが、会う人会う人に「髪の毛がカーリーね」と言われます。

今のところ本人は悩んでいないようですが、あと数年もしたら「どうやら自分はマジョリティと違うらしい」ということに悩むことでしょう。

この話をアメリカの友人に言ったら

アメリカなんて、髪の毛カーリーなんて誰も気にしないよ。

とあっけらかんと一言…さすが移民の国、多様性の国、お好きにどうぞの国、アメリカ。

同調圧力が強い日本ではわかりづらいことですが、「人と違う生き方ができる」ということは喜ばしいことだと個人的に思います。

モアナも村の慣習を破る勇気をもって、結果的には村人全員に平和をもたらして精神的リーダーとなりました。

そろそろ日本も「1人1人違いを持って当然の国」という思いやりを持つべきだし、まずは大人がそのことに自信を持つべきですね。

歴史を作る人になりたい人

歴史を作りたいという野心を持っている人にはオススメです。

モアナと伝説の海は、モアナが新しい歴史を切り開いたかと思えば、実はよくよく見ればそれは航海者たる祖先のルーツへと戻っただけなのです。

こういうパターンってよくある話で、私たちが「歴史を変えたい」と思うとき、文明の進歩によってルーツや古くからの精神性、当たり前のことを見失ってることが多いんですよね。

どんなに文明が進歩しようと私たちの足元が変わることってないのです。

スマホが発達しようが、人工知能に囲まれようが、足元は変わりません。

もともと備わってる人の身体や能力が劇的に変化することもありません。

その足元を1度よーく見つめてみることが、歴史を変えることに繋がるのだとモアナから教えられます。

歴史を作るということは「古き良き歴史的慣習をほんのちょっとの勇気と知恵でアレンジできるスキル」なのかもしれませんね。

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