【ネタバレ感想】映画「ミッドサマー」狂気のホラーに希望が持てる最強のヘン作【実話か検証】

ミッドサマー ポスター

こんにちは、エンタメブリッジライターしおりです。

今回は私がJOKER以来、久々に血沸き肉躍る感動をおぼえたホラー?スリラー?映画「ミッドサマー」についてご紹介します。

ミッドサマー(midsommer)=夏至。

私がこの映画を知ったのは、やたらYoutubeに広告が出ることと、よしもとばななさんのSNSで、

この監督には「家族、カルト、加工した死体を使っての儀式」のオブセッションがある。

と書かれていたことで、ゼロから物語を作るよしもとばななさん自身が、この映画アリ・アスター監督(若干1986年生まれ)がいったいどんな人生を歩んで来たらこんな変わったオブセッションを持つことになるのか?と純粋に疑問を持っていたことでした。

アリ・アスター監督は2020年現在2作しか長編映画は作っておりませんが、2作目でコレという天才ぶり。

天才というか、オブセッション(作品にある暗流と言っていい)を表現するのが上手い。

多分にグロ要素もありますが、個人的にはこの映画は東洋的であり女性的だと思います。

欧米よりも日本にいる私たちのほうがすんなり受け入れやすく入ってくるのではないかと思います。

「ミッドサマー」は狂気のなかに、針穴の向こうにかすかな希望が残る的な非常に奇妙な物語。

それでは早速ご紹介していきますね。

1.映画「ミッドサマー」の作品紹介

公開日:2020年2月21日(日本)
監督:アリ・アスター
脚本:アリ・アスター
出演者:フローレンス・ピュー、ジャック・レイナー、ウィリアム・ジャクソン・ハーパー(英語版)、ヴィルヘルム・ブロングレン、ウィル・ポールター、ほか。
音楽:ボビー・クルリック

こちらが「ミッドサマー」の予告編。

2:05ころに主人公ダニーが語る「特別なお祭りなんだってね」というセリフ。

いったい何がどう特別なのか!?まだ観ていない方は身体感覚でぜひ感じてほしい映画です!

2.映画「ミッドサマー」のあらすじ

ミッドサマー 画像
画像出典:https://www.youtube.com/

続いては「ミッドサマー」のあらすじをご紹介します。

本作で『ホラー映画巨匠』の異名を不動のものにした、アリ・アスター監督。

題材は、スウェーデンの夏至祭。

実在するスウェーデンのイベントを土台としつつ、狂喜乱舞の祝祭ホラーが始まります。

映画「ミッドサマー」のあらすじ(ネタバレなし)

アメリカの大学生でパニック障害をかかえた不安定な少女ダニー。

ダニーは双極性障害(躁うつ病というやつ)を持った妹からメールの返事が返ってこないことに不安を覚えていました。

ダニーと4年間交際していたのは同じく大学生のクリスチャン。

ただし、クリスチャンは決してダニーとはうまくいっておらず、別れようかどうしようか仲間うちにこぼしていたところだったのです。

その仲間うちの大学生4人組ってのが、ペレ、ジョシュ、マーク。

ペレがこの夏至祭のホストであり、ペレはスウェーデンのホルガという小さな共同体出身だったのです。

人類学を専攻しているジョシュが、ペレの出身地の「夏至祭」を面白い題材だと論文として研究し、実際に訪れてみてみたいということで、6月下旬の2週間後に大学生4人で出発することになります。

ここで何やら嫌な予感…。「小さな共同体」という言葉の響きには「フム…」と立ち止まってしまいますね。

そして出発前、ダニーに最悪な事件が起こります。

実家暮らしのダニーの妹はガス自殺し、両親もそのガス中毒で死亡。

ダニーもスウェーデンに同行することになり。恐ろしく傷心した状態で、スウェーデンの夏至祭に乗り込んでいくハメになりました。

6月下旬に彼らはいざスウェーデンに出発、さて白夜の北部スウェーデンでどんな恐怖が繰り広げられるのか!?

映画「ミッドサマー」のあらすじ(ネタバレあり)

ミッドサマー 画像
画像出典:https://www.youtube.com/

ホルガという一見小さな楽園に着いたと感じた、大学生男4人組+ダニー。

90年に一度の大祝祭が9日間行われる現場に立ち会うことになりました。

彼らが崇拝しているのは太陽神的な信仰であり、生命の循環、つまりサークル・オブ・ライフ的な人生観を持った共同体です。

キリスト教的な死んだら天国に行く的な直線的な描かれ方ではなく、人間は自然と寄り添い、命のサイクルの中で生きるという描かれ方。

ムラのひき映像だけ見ると、なんとなく昔のアイヌコタン(アイヌの集落)的な印象を受けました。

豊かな自然の中に居住用の家があって、聖なる神殿があって、熊がいる…アイヌでもイヨマンテという儀式が残っていた時代は儀式の中で熊を殺しますね。

ところがシーンが進むにつれホルガの白い服と異様なまでの集団統制とは、そのような『生活』に根差したものではなく、オウム真理教や日本赤軍といった閉鎖的なカルト集団を彷彿としていきます。

ホルガの人は白い服を着ますので、なんかそれがサマナ(オウムの出家信者)の服っぽくてね…。

ホルガ出身のペレもさっそくこの白い民族衣装に着替え、ちょいちょいこの仲間4人にドラッグを盛りながら、うまい具合に内部分裂という名の洗脳をほどこしていきます。

ズバリ先に、なぜペレはこの共同体に他の仲間4人を呼び寄せたのか?という理由を明かしておくと、近親相姦による遺伝子異常を防ぐため、計画的に行われるこの集団と交配する『外の血』が欲しかったのです(特に男)。

ホルガの教えによると、人間には春夏秋冬のサイクルがあり、0~18歳が春、18~36歳が夏、36~54歳が秋、54~72歳が冬。

じゃあ72歳を超えたら?

これがペレ以外の4人が目撃する初めてのホラー儀式でした。

それは、神聖なる飛び降り自殺の儀式だったのです。

岩場の上に立った老人2人は、集団に見守られながら沈黙の中で厳かにべしゃっと岩の上に落ちていきました。

しかも死にぞこなった老父のほうは、巨大トンカチで顔面を一発殺られて、あえて殺されるという…。

アメリカからの学生が悲鳴とゲロに苦しんだのは言うまでもありません。

帰ろうとする学生たちに「ホルガはサークル・オブ・ライフだから次の命のバトンを渡す、私ならああいう死に方が名誉だ」的なカルチュラル・ディファレンスをホルガの年配女性から力説され、結局学生はそのままホルガに残ります。

大学生4人にどのように洗脳が行われたかというと、まずダニー&クリスチャンカップルは、ホルガ出身ペレがダニーに「君はクリスチャンといて幸せかい?守られていると感じるかい?ここはみんなが家族だよ。僕も両親を失った私生児だ、でも淋しくない。みんながいるから」と傷心に付け込む発言をしていきます。

クリスチャンと人類学専攻のジョシュは、クリスチャンが「俺もホルガを論文に書きたくなった」ということでネタ独占競争が勃発。

マークはもともとチンピラだったのですが、ある日ホルガが神聖視している先祖の木(先祖代々の遺灰の撒かれる場所)に立ちしょんをしたことで殺されました。

ジョシュも研究の好奇心のあまり、神殿に並べられた聖典を許可なく写真撮影したことで、殺されます。

クリスチャンだけ、順調にアホみたいに洗脳されて行きました。

ホルガは一定年齢になると、子作りの性交を許されるのですが、ホルガの年頃の少女がクリスチャンにベタ惚れしてしまったのです。

猛烈アプローチを受け、なんと食卓で陰毛入りのミートパイと生理の経血入りのジュースを知らずに飲食させられるという狂気っぷり(でもホルガにはこれが通常の神聖なる行為)。

クリスチャンはドラッグを盛られ、「あなたは占星術的にも娘の相手によい」と少女のお母さんの面接をクリアし、なんと全裸の女15名ほどに囲まれて民族的な歌が合唱される中、クリスチャンはとうとうホルガの女性と性行為に及んでしまったのです。

一方ダニーはドラッグを盛られ、女だけのダンスコンペティションに強制参加させられ「1番最後まで残った女が優勝」というので優勝してしまいました。

そしてダニーはわけもわからぬままホルガの新たな女王(メイクイーン)に任命されてしまったのです!

ところがダニーは、クリスチャンが神殿でホルガの女と性行為をしているところを見てしまい、ショックでゲロ吐いてパニックを起こしてしまいましたがホルガの少女たちが一緒にパニックのリズムに合わせて「アーハ、アーハ!」と同調した合唱をして助けてくれました。

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祝祭の最終日行われることは、9人の人間の生贄を罪の贖いとして燃やすことです。

「ホルガは奪い、ホルガは与える」の信仰のもと、殺した4人の新しい血(つまり大学生2人とイギリスから来た観光人2人)と同じ数だけホルガは名誉の殉死で4人死ぬものが候補となっていました。

そして、残りの1人、9人目の捧げものは女王であるダニーが選ぶことになったのです。

女王ダニーが生贄として選んだのは、自分を裏切ったクリスチャンでした。

そしてすでに死んだ者の死体は掘り起こされ、木々の枝や葉っぱで装飾され、小屋の中に並べられていき、生きている者も座って静かに火がつけられる時間を待ちます。

9人目となったクリスチャンは、なんと映画冒頭にさりげなく映ったあの熊の、内臓処理後の中に放り込まれ、熊の着ぐるみでも着たかのように小屋のセンターに座り、火をつけられてしまいました。

燃やされる様子を笑顔で見ていた女王ダニーの姿が映り、ダニーは妹や両親の心中を経て、ここに家族を見つけたのか…ある種のカタルシスと含みを残して映画は終わります。

3.映画「ミッドサマー」の見どころと感想

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続いて「ミッドサマー」の見どころをご紹介します。

私も正直グロなシーンは目をつぶってしまうところがあったのですが、気づけば3回も観ていたというハマリっぷり。

何がハマるかというとストーリーも結末も単線的ではなく、「泣ければいい」「善悪の善が勝っておしまい」「謎が解かれておしまい」という単純明快な映画ではなく、こういう見方もあるな、こういう考えもできるな、と結末の考察や登場人物へのペーソスも様々に変わって見られるということです。

それが、監督の意図するところでもあるので、絶対のない人間心理の深淵をつくストーリーはこれからも進化し続けてほしいです。

実話!?実際にあるスウェーデンの夏至祭

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私は最初この映画は完全なるフィクションだと思っていました。

ところがスウェーデンの夏至祭は実際に存在し、日照時間が1日20時間近くになるこの季節は日本のお盆のように休暇を取り、帰省や移動ラッシュになるのだとか。

ホルガにもひときわ目立つ存在感で建てられている↑この十字架のようなポール(正式名メイポール)は夏至祭には欠かせない季節の花と白樺でデコレーションされたミッドサマーの象徴なのだそう。

スウェーデンではクリスマスやイースターと並んで、ミッドサマーは大切な行事で、もともとはキリスト教に由来しており洗礼者ヨハネを祝う祭りだったそうです。

洗礼者ヨハネというのは新約聖書の重要人物で、イエスのいとこにあたり、イエスがいよいよ宣教を始めるとき、川でイエスに洗礼を施した者です(だから12弟子ヨハネと区別して、洗礼者ヨハネと呼ばれる)。

メイポールの周りで老若男女問わず楽しく踊る行事も恒例だそうで、またホルガの女性たちがしている花冠も実際のスウェーデンの夏至祭で欠かせないものです。

スウェーデンではマイストング(Majstången)やミッドソンマルストング(midsommarstång)と呼ばれており、「マイ」とは白樺の葉で飾ったものという意。

メイポールの形や意味は諸説あるそうですが、そのうちの1つが女性と男性を象徴しているというものがあります。

日本人にとっつきやすい自然観と世界観

アニミズム的に、また循環的に自然や命を捉えるホルガは非常に東洋的です。

「ミッドサマー」では人間は樹木と同様の存在としてとらえられるようなシーンが出てきます。

ドラッグを盛られたダニーは足から草が生えてくる幻覚を見たり、死人に枝や葉で装飾したり、先祖を祀るものは大きな樹木です。

こういう足に草が生えるような幻覚というのは、「なんや、べつにふつうやんけ」と私なんかは観てしまいました。

なぜって、ヨガなんかやっていますと「自分が木になったように」「葉を揺らすように」とインストラクターの先生から想像させられることは頻繁にあって、足から草が生えるところなどを実際に見られるのはむしろうらやましいと言っても過言ではない!

先祖の遺灰の撒かれる木に、チンピラ大学生キャラのマークが立ちしょんをしたとき、ホルガの男性は激昂するのですが、マークは「It’s  just tree!(ただの木じゃないか!)」と怒るんですけど、ちょっと寂しくもある言葉ですね。

木だって生きている、木にも霊魂がある、木が先祖を繋ぐ存在として機能しててもわかる気がする…そういった東洋的観念は、人間のみが神の似姿をとった魂の宿った存在で、天国に行けるのも人間だけであって動植物はそういった概念の外にあるという聖書的な観念が入っていると思います。

植物はまた女性性的な存在ですから、木々や花が重要なファクターとなる本作は日本人女性のとっつきやすさの一因でしょう。

ホルガは何が狂気なの?カルトと非カルト

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この映画を形容するのにもっとも使われるのは「カルト」という言葉だと思います。

実際映画でもホルガに踏み込んだ瞬間、「カルト?」と大学生が疑問を持つセリフがあります。

いち早くホルガの共同生活に洗脳されたクリスチャンは、

彼らにとっては老人を施設に入れるほうがおかしい!

と言うのですが、この映画の世界観で考えるとクリスチャンがそのように考えることも『なるほどな』とも思うんですよね。

こういった共同体は自分の知らないところで存在していてもおかしくありません。

私は映画冒頭の共同体のムラの印象をアイヌコタンのようだと思いましたが、かといってアイヌコタンがカルトだと思ったことはありません(むしろ和人と同化政策をさせようとした明治政府のほうが狂気ですよね)。

一方で、オウム真理教や日本赤軍のような閉鎖的コミューンはやはり問題は多いカルトな存在だと感じます。

じゃあその違いってなんなんでしょう?

ホルガはオウムとたくさん共通点がありますよ。

自給自足、自分たちのものはあるもので作る、徹底された集団主義と共同生活、精神性のステージの向上制度、殺人を肯定するシステムなどです。

ホルガではこの祝祭の9日間(か、いつもやってるのかは不明)は、食事は全員が列席し一列になって、ホルガの民族衣装でホルガ式のマナーにのっとって食べられていきます。

それを「奇妙だ」と私は感じますが、じゃあ日本の結婚式の神前式なんて外国人にとったらめちゃくちゃ奇妙じゃないですか?

白装束の花嫁に紋付き袴の花婿がおり、だいたいは家族が向かい合わせに一列に座り、巫女が躍って、神主が祝詞を上げる…しかしそこに「違い」を感じても「うへぇ、カルトだ!」とはさすがに外国人も思わないわけですよ。

じゃあカルトとカルトではないことはどう違うのか、というのを私は「ミッドサマー」を見ながらこう考えたわけです。

リアリティーを他人と擦り合わせられることが現実にできるかどうか?

これがカルトと非カルトを分けるひとつの指針ではないでしょうか?

ホルガ住民もオウムも他者とリアリティーを擦り合わせることができませんでした。

しかし和婚をする私たちも、古来アイヌの人々も、生活の中でリアリティーを他者と共有できるために、カルトだなんて思われないわけです。

世界には多文化で溢れていますが、他者のリアリティーを「双方向が」共有、リスペクトする姿勢を持っていないいけないのではないのでしょうか。

生命に介入しすぎるのもまたカルト

例えば現代でも医療が生命倫理(延命措置や、人工授精問題など)に介入しすぎていることがしばしば問題になりますが、ホルガのカルト性もまた「あたまでっかちになりすぎ」ということがあると思います。

すなわち人間が自然ではない。

生命のサイクルから始まって、人生の長さ、預言者の交配の仕方、外の人間を血筋に入れるルール、あらゆるものが頭でっかちに厳格にルール化されており決まっているんですよ。

つまり一見「feel」に見える生き方をしていながら、実は「think」に偏りすぎた身体性を持った人間らしからぬ、脳偏重性の社会です。

私は映画中盤からここに生きる人間がロボットに見えてきました。

喜怒哀楽の感情まで論理で決められているように、人間らしくない。

1人1人がそれぞれ違うときに違うタイミングで違うツボで、怒りや笑い、泣きを持つことができない。

これが頭でっかち社会の落とし穴になるわけですが、これはともすれば「脳偏重」になりがちな我々も考えなければいけないことです。

たまには思考をストップさせて、ただじっと世界を「Feel」してみるのも大切ですよ。

同一化しすぎている狂気と多様性の重要性

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この画像の方は、ホルガで意図的に近親交配で生まれた方で、ホルガ文明が始まって以来、代々聖典を描き続けている預言者的な聖なる存在です。

なぜ近親相姦で生まれさせるかというと、わざとハンディキャップを持った人間を生まれさせることで、曇りのないレンズで世界を観る役目が必要だからだそう。

言ってることはアーリュブリュッド芸術に通ずるものを感じますが、それを意図的な遺伝子操作でやっていることは狂気の沙汰で閉鎖的コミューンの恐ろしさです。

「ミッドサマー」の気持ち悪さは「異様な同一性」です。

他者性があるのはこの子くらいなもので、あとはみんな同じ顔をしてみんな一糸乱れぬ集団行動で没個性的で顔が覚えられない。

ぶっちゃけ、この共同体も陰でこそこそたむろして「あーもうかったりーよな~」とかって愚痴ってそうですけどね。

これは冒頭のよしもとばななさんがおっしゃっていたことですが、人間に限らず生命というのは多様性があるほうが種として強いということです。

だから「人と違う」ということをやってるくらいでちょうどよいのだということ。

私は「ミッドサマー」を観て、もし私がホルガ生まれであるならば、ホルガ住民のしきたりに染まって同一化しすぎる生活様式の中を生きてしまうのな?と想像したんですけど、やっぱり思春期あたりで、「なんか違くね?やってらんね~」と盗んだバイクで一人ストックホルムという都市あたりを目指して走りだすだろうな、という将来がすぐに見えました。

だからみなさん、人と違うということを1人1人尊重しながら生きましょう、はい。

4.映画「ミッドサマー」をオススメしたい人

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↑噂のエンディングはただこの含み笑い。

さて、最後に「ミッドサマー」をオススメしたいのはこのような方です。

つまりは私が独断と偏見で選ぶ「ミッドサマーと繋がってほしい人」です。

自分ってちょっと変かも?な自覚がある人

「自分ってちょっと変かも」な自覚がある人にはオススメです。

「ミッドサマー」はJOKERを観た後の鑑賞後感に個人的にはよく似ていました。

色々考えることが多い中で、その中に「ヘンタイとは何か?ヘンタイでもいんじゃね?」といった鑑賞後感です(JOKERの場合は「弱者でいんじゃね?」みたいな許しを与えられる感覚に近かったかな)。

まずこの映画を作ったアリ・アスターは相当のオタク度がうかがえる若い監督で、wikiの情報によりますと4歳で映画館で炎の描かれた壁からマシンガンを撃つシーンで興奮で飛び跳ねたそう。

僕は行ける範囲の全てのビデオ店に行き、その店のホラー映画コーナーにあった映画を片っ端から鑑賞した。

ということですから、ホラーオタクを突き詰めたんでしょう。

「オタクも外に出れば才能だ」と言ったのは巨匠・高畑勲監督。

あなたはあなたのオタクの道を突っ走ればよいのです。

逆に、変に抑えようとすることが人を抑圧という名の狂気にさせるのです。

心、人生、世界を探求したい人

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心、人生、世界、将来といった抽象的テーマに向かい合いたい人は見て絶対損はしません。

ある私のアメリカ人の友人は、梅雨の季節、

僕は梅雨の雨がまっすぐ1本1本降るのを見ていると、規則正しく礼儀正しい日本人のようだって思うんだよ。

と言っていました。

日本ほど「人は人と同じであるべき」を暗黙のプレッシャーと美徳に掲げて生きなければいけない共同体もないんじゃないかなぁ。

今この記事を書いているのは2020年9月ですが、新型コロナウィルスはすっかり私たちの世界の見方、生活の仕方、女性だったら化粧の仕方など細かいところまですっかり変えてしまいました。

世界であれあなたの心であれ、そういう「動いている」というときでしか見えないものは絶対にありますが、今こそこれまで見えなかった景色を見る、捉えなおすといったことのチャンスです。

悲しいことですが、緊急事態宣言中日本の自殺率は2割も減っていたというのに、もとの生活様式に戻り始めた8月には去年の自殺者数から何百人単位で増えてしまいました。

私個人的にも、緊急事態宣言期間は家族と共にゆっくり暮らし、なぜ未だに存続しているかもわからぬPTAも消滅し、ベルマーク提出義務もなく、学校も行きたい子供だけが行って教師と個性的関係が築け、ぎゅう詰めの満員電車に乗ることもなく、「ああ世界とは平等やのう」とのほほんと思っていたのでした。

ただ人間ってアホだからすぐ忘れる。

8月、元の生活に戻ろうとして、辛くなった人って三浦春馬さん筆頭に多いんじゃないかなぁ。

あのさ、もう辛いことはやめようよ、私たちは辛かったんだよ、ってことなんです。

だから私はビフォー・コロナもアフター・コロナも嫌い。

脱線しましたが、つまり「ミッドサマー」はある意味「君たちはどう生きるか」的なことを問題提起してくる、良作なのです!

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