実写ライオン・キングは面白くない?リアルな感想とアフリカの今

ライオンキング 実写 ポスター

こんにちは、22歳でケニアを1人放浪したアフリカ大好き女ことエンタメブリッジライターしおりです。

今回私がご紹介する映画はそんなアフリカが舞台の実写「ライオン・キング」。

1994年アニメ版から15年フルCGによってリメイクされた実写映画です。

アフリカルーツを誇るビヨンセがナラ役声優とテーマソング「SPIRIT」を担当したことでも話題になりました。

劇団四季のミュージカルも有名で未だ勢い衰えぬロングヒットを飛ばしており、私も観に行きましたが安いチケットの席からも存分に迫力が伝わる素晴らしい舞台でした。

そして2019年リメイクで銘打たれていたのは実写ならぬ「超実写」

CGなしの映画はほぼ見かけぬ昨今ですが、今作が実写の前に「超」がつくのは、景色もキャラクターもすべてフルCGだからです(ジョン・ファヴロー監督によると冒頭のワンカットだけアフリカの実写らしいんですが、違いに気づかない!)。

ライオンの毛並みに肌の質感、サバンナや夕日、キリマンジャロの光景も、

「え、これCGなの・・・!?」

と実際にその土地を歩いてきた目をさらにして見ましたね…。

さて、リメイクというと吉と出るか凶と出るかが気になるところですが、大前提として実写「ライオン・キング」は映画館(それもIMAX)で観るべきでした。

私は予告編のみ映画館で観ましたが壮観なスケールと音響はすごかった!に尽きます。

その点テレビの小画面ではアフリカならではの雄大さが伝わりにくい面もありましたが、そんなことも含めつつ実写ライオン・キングにどんな見どころがはらんでいるのか!?

早速見ていきましょう。

1.実写ライオン・キングの作品紹介

予告編の1分40頃からBGMとともに噂の壮大なアフリカの絶景が流れます。

公開日:2019年7月19日 (アメリカ)
監督:ジョン・ファヴロー(Jon Favreau)
出演者:ドナルド・グローヴァー(Donald Glover)、ビヨンセ(Beyoncé)、セス・ローゲン(Seth Rogen)、キウェテル・イジョフォー(Chiwetel Ejiofor)、アルフレ・ウッダード(Alfre Woodard)、ジェームズ・アール・ジョーンズ(James Earl Jones)、ほか。
日本語吹替:賀来賢人、門山葉子、大和田伸也、江口洋介、亜生(ミキ)、佐藤二朗、駒谷昌男、ほか。

2.実写ライオン・キングのあらすじ

実写ライオンキング 画像 シンバ
画像出典:https://tsutayamovie.jp/

ライオン・キングはライオン界のロイヤルファミリーことムファサ一家のお話で、カインとアベルのごとく兄弟が憎しみあう話です。

ほぼ浸透しているであろうあらすじだと思いますが、アニメ版と実写版は微妙に違いがありましたので、そこに焦点を当てて書いてきます。

実写ライオン・キングのあらすじ(ネタバレなし)

ライオンの王ムファサが治める国――プライドランド。

人徳ならぬライオン徳を持ち得たムファサは、プライドロックという岩場を居住地として、妻サラビとその他の雌たちで暮らしていました。

ある日、プライドランドの全動物に召集がかかり、プライドロックで式典が行われました。

そこで披露されたのは、のち王を継ぐムファサ王の息子シンバ

動物たちは首を上げ下げしたりジャンプしたりと歓喜に湧きます(このあたりの動物の筋肉・骨格の動きもすごくリアル)。

しかし、この式典に参加せぬふとどきライオンが1頭。

それはムファサの実弟、スカーで、ライオン・キングきっての悪役です。

スカーはアニメ版では黒たてがみのいかにもワルですが、実写では「さびれてこけたおじいさん」という白っぽいビジュアル。

「俺が王になるはずだった」と実兄ムファサと甥っ子シンバを憎むスカー…。

スカーは、ムファサとシンバ王権の陥落をもくろみ、自分が王になるためにライオンの宿敵ハイエナと手を組みます。

果たしてプライドランドに平和は訪れるのか…?

実写ライオン・キングのあらすじ(ネタバレあり)

実写ライオンキング 画像 スカー
画像出典:https://tsutayamovie.jp/

まずアニメと実写1番の違いはスカーが王位をほしがる理由です。

アニメ版では「俺のほうが王にふさわしい」と90年代らしいいかにも男権的な理由ですが、今作ではムファサの妻サラビに「俺の妻になれ」としつこく言い寄ってフラれていて、ムファサとの恋愛闘争に負けたことがネタミ・ソネミ・ヒガミの三拍子の発端となっているもよう。

ライオン・キングはライオンの名前がこんがらがりやすいので、以下4頭の名前は押さえておきましょう。

  • ムファサ:王様。プライドランドを統治する王に適した徳のあるライオン。
  • スカー:ムファサの実弟、悪役。ムファサの妻と王位が欲しい。
  • シンバ:ムファサの第1子。王位継承順位1位。
  • ナラ:シンバと同じころ生まれた雌ライオン。シンバのいいなずけ。

にしてもライオンって雄ライオンはぐーたら寝てて、狩りも育児も女任せってイメージがありますがライオン・キングの雄はよく働きますね。

祈祷師で賢人のマンドリル、ラフィキと、王に仕える鳥ザズーも健在です。

さて、ムファサはじきに王位を継ぐシンバをパトロールに連れ出し、自然の摂理や王たるものの哲学を伝授。

見ろ、ここから見えるすべての世界がお前の王国になるんだ。

しかし何かをするわけじゃない、守るだけだ。

この世界のすべての生き者は繋がっている。

「命の環」だ。

そんな育ち盛りのシンバには、1か所だけ行くことを禁じられている場所がありました。

それは北の「陰」と言われる場所。

ある日離れに住むスカーのもとを訪れたシンバは「北の陰には何があるのかな?」と無邪気な質問を伯父スカーに投げかけます。

「象のお墓だよ」といかにも子供の好奇心をくすぐる発言を返したスカーですが、これはスカーの仕掛けた罠。

「陰」とはライオンの大敵、ハイエナの住み家がだったのです!

そんなことはいざ知らず、幼馴染でいいなずけのナラと遊びに行ったシンバは案の定ハイエナの大群に襲われ、命がらがら逃げているところをムファサに助けられたのでした。

シンバ「王様にも怖いものってあるの?」

ムファサ「あるさ、今日は怖かった。お前を失うんじゃないかと…」

そしてムファサは、満点に輝く空の星は歴代の王が空に輝いていてこの地を守っているのだ、とシンバに教えます。

一方スカーはムファサとシンバ殺害を計画、ひそかにハイエナのもとを訪れて忖度大アリの政治的陰謀をはたらきます。

「縄張り争いはやめよう、俺と手を組めばプライドランドはハイエナのものにもなる」

ここもアニメと違うんですが、スカーは甥っ子シンバを谷底に連れて行き「王らしい遠吠えができるように」とけしかけました。

ガオーって大きな声で吠える練習をするんだ。谷の上まで聞こえるくらいな。

そしてキャンキャンと仔犬みたいに吠えていたシンバが少し大きい声で吠えると、これを合図にハイエナがヌーの大群を追い、シンバのほうにドドドドド!と押し寄せてきたのです。

「うわーーっ」と逃げるシンバは、木の枝につかまりました。

ムファサが助けに来て谷底に降り、シンバを高台の安全な場所に避難させますが、ムファサ1頭で崖の上にのぼろうとしたときスカーに突き落とされて死んでしまいました。

しかしシンバの目にはスカーは死角。

シンバは、スカーがムファサを殺したとはいざ知らず、あくまでヌーの暴走に巻き込まれた事故で亡くなったと思い込みます。

そこへノコノコやってきたスカーは、シンバにとどめの一言。

お前の父さんはお前を助けようとして死んだ。

お前のせいで死んだ。

お前の母さんはどう思うか?

逃げろ!

結局シンバは罪を着せられて逃げるよう指示されますが、スカーの指示によってハイエナに追われます。

シンバは崖から落ちて命ガラガラ助かりますが、ハイエナもスカーやハイエナのボスを恐れているので「死んだってことにしよう」と談義。

スカーと一緒にロイヤルファミリー居住地であるプライドロックに乗り込んできました。

スカーは即位し、ハイエナと連立政権で統治されることとなったプライドランドですが、ハイエナとライオンの共存が上手くいくわけはなく雌ライオンからは反発の嵐、そしてなくなる食べ物たち…。

そのころ砂漠を彷徨っていたシンバは、サバンナ界のヒッピーことハクナマタタコンビ、イボイノシシ「プンバァ」とミーアキャットの「ティモン」に出会いました。

LOVE&PEACEのごとく「今が楽しければそれでいい」とハクナマタタコンビと草食動物のような生活をはじめたシンバ。

ここもアニメと実写では描かれ方に差があって、アニメでは「そんな生き方もあっていいよね」とハクナマタタな生き方はほんわり肯定的に捉えられています。

一方実写ではハクナマタタは「縦の生き方」として「環の生き方」に相対するものと位置づけられ、「死んだら終わり、人生に意味はない」とわりとネガティブな描かれ方がされていますね。

故郷に戻らないままハクナマタタコンビと生活し、成人したシンバのもとへある日1頭の雌ライオンが迷い込んできました。

それは、幼い頃プライドロックで共に過ごしたいいなずけのナラ。

「シンバ!?生きてたのね」と感動の再会を果たしますが、ナラが僻地までやってきた理由はプライドランドがハイエナに荒らされ、食べ物がないからだったのです。

生きているのならプライドロックに帰ってシンバに「王になってほしい」と懇願するナラですが、『自分が父ムファサを殺してしまった当本人なのだ』と罪悪感にさいなまれるシンバはYESという勇気が出ません。

「今が楽しければそれでいいんだ」とナラの誘いを断り、ナラは「私は助けを求めに来たのよ、もういいわ」と幻滅して帰ります。

その夜、星を見ていたハクナマタタコンビとシンバ…。

シンバ「あの星って何だと思う?」

ティモン「ホタルがくっついているんだよ」

シンバ「僕は、ライオンの王様たちが見守っているって聞いたことがある」

ティモン&プンバァ「ぶわっははははは!」

そのとき、シンバの抜けたたてがみがふわっと宙に舞い、風に乗って川に落ちました。

それに虫が止まり、その次に鳥が巣作りのためにくわえていき、次に鳥の巣から「これは枝じゃない」と落とされ、木の枝に引っかかった毛はキリンに葉っぱごとバクバク食べられ、落ちたフンがフンコロガシによってコロコロ転がっていき、風に飛ばされて今度はアリが運び、プライドロックの祈祷師ラフィキのもとに運ばれました(まさに巡り巡る命の環)

シンバ!生きておるのか!

と気づいたラフィキは、シンバのもとを訪ねていきました。

「父さんは死んだ」と言うシンバですが、「ムファサは生きておる」とラフィキはシンバを池に案内し、水面に映る自分の顔をじーっと見つめさせます。

はるか彼方からムファサの声が聞こえてきました。

思い出せ、お前は何者か。

お前の役割を果たせ。

「僕はシンバ!ムファサの子供!」と「わたしはモアナ~~~♪」のモアナと伝説の海の戦闘シーンのように奮い立って故郷プライドロックに帰ってきたシンバ。

母親のサラピに大歓迎され、ナラとも恋仲になりますが、プライドロックはすっかり荒れ地になっていました。

ハイエナと縄張りを共有することができず、プライドランドはハイエナに食い荒らされていたのです。

ついにスカーとシンバの1:1の王位をめぐる戦いの火ぶたが切って落とされました。

なぜか、「縦の生き方」を考え直したというハクナマタタコンビも、「ちょっと線がカーブしてるんだ」とこの戦いに参戦してきます(笑)

「お前のせいでムファサは死んだんだ」と吹聴して貶めようとするスカー。

キャラクターはライオンですが、実写ではこのバトルシーンはかなりの尺が割かれていてCGもハリウッドらしい人間VS人間のアクションみたいですね。

結局「ムファサは俺が殺した」とスカーが告白したところでシンバは逆上!

ただし、シンバはスカーを殺しはしません。

「去れ、出ていけ、ここから逃げろ」とだけ指示。

結局スカーは王位欲しさにハイエナを利用していたことがバレて、無残にもハイエナに食われて死にました。

平和が訪れたプライドランドに、再び式典が開かれました。

今度は、シンバとナラに子供が生まれたのです。

動物たちはまた祝杯を挙げ、映画は終わります。

3.実写ライオン・キングの見どころ

実写ライオンキング 画像 シンバ
画像出典:https://tsutayamovie.jp/

続いては実写「ライオン・キング」の見どころをご紹介します。

宮崎駿監督が「千と千尋の神隠し」でアカデミー賞を受賞したとき、「家内は僕に運がいいという。その1つは、紙のアニメ最後の50年に生きられたことだ」という内容のスピーチをされましたね。

実写「ライオン・キング」を観たときは、正直この言葉がかなり響きました。

アニメか実写か問題だけでなく、そもそもこの実写に映し出されるような光景が今アフリカに存在するのか…までテーマを深く掘り下げて考えていきたいと思います。

アニメよりストーリーが記憶に残らない?感想と理由分析

まず第1の感想として、実写「ライオン・キング」はストーリーが記憶に残りにくいです。

「映像がきれいだった」ということはおそらくほぼ100%の方が残す感想だと思いますが、ではストーリーは?と言われると、アニメ版のほうが『感動』というところまでしっかり引き上げていってくれるように思います。

その理由を自分なりに考えてみたのですが、まず人間と言うのは情報の約85%を目(視覚)で処理するんですよね。

その次に約10%が耳(聴覚)、残りの少数が鼻(嗅覚)、皮膚(触覚)、舌(味覚)という順です。

要するに、超実写「ライオン・キング」はかなり視覚的にうるさいんです(笑)受け取る情報量が情報過多。

アニメ版は背景がベタ塗りだったりぼかしだったりでキャラが自然に引き立てられたり、動きやセリフに自ずと焦点が行くよう描写されます。

ここまで計算されていることがアニメーションの良さであり芸術性の高さで、私はセルアニメがここまで観客の情動を操作しているのかと改めて感心しました。

CG技術がここまで発達してこそ気づいたことですね~。

ここからは余談ですが、実写「ライオン・キング」をじーっと観察していた私は、この溢れんばかりの視覚情報を観ながら「これ、消音(ミュート)にしたほうが面白いんじゃないか?」と実践してみました。

視覚だけの情報に限定してみると、過多なセリフやBGMカットされてしっかりと情報が脳に入ってきます。

この美しい情景には軽い瞑想状態にさえ入ることができました(笑)

逆にセリフがなくても面白い、壮観な風景や動物の動きだけで情動が揺さぶられる…というのが実写版の新しい楽しみ方かもしれません。

子供に教えたいムファサの「命の環」

「命の環」…わかるようでわからないような、難しいのか簡単なのかよくわからない言葉。

食物連鎖とか輪廻転生とかいろいろ連想はしますが、「命の環」をきちんと自分の言葉で説明しようとすると案外と難しいものです。

私はある老婆の「食」に対する表現を愛しています。

食べることは『命から命への移し替え』。

この表現は「命の環」の片鱗を忠実に切り取った言葉だと思いますので、ぜひ子供にも教えたいと思いますね。

「今目の前にある命が、あなたの身体を作るのだ」と。

もう少し子供が大きくなれば、目の前にある命もまた別の命を食べて生きてきたものだ、つまりは「すべての生き物と生きているだけで私たちは繋がり合っているんだ」と教えたいと思います(あなたが嫌いな虫ともね!とも…)。

食は最もわかりやすい命の環ですが、私が実際ケニアを旅したときもたくさんの肉食動物の狩りを見ました。

しかし「命の環」とは食物連鎖という次元をも超越した概念です。

草食動物がライオンに食べられると草食動物はライオンの一部になり、ハイエナやジャッカルがその残りを食べて、さらにその残りをハゲワシが食べ、骨は土へと帰っていき、草の栄養になり、再び草食動物のに食べらるという驚くべきリズム…。

草食動物がいるから肉食動物は狩りの知恵が発達して、肉食動物がいるから草食動物は足が速くなるなど互いに影響し進化し合っています。

究極、死ぬことで命は終わりではありません。

死ぬことで命は、別の命へと変化もしていきます。

これこそ輪廻転生と言う宗教性をも排除したような、ぐるぐるぐるぐる循環する摂理でしょう。

このように全体を観る視点、広い視野で物事を捉える視点で初めて「命の環」を感覚的に捉えることができます。

「命の環」は、ムファサが死んでも守りたかった「秩序」そのものなのです。

ティモン「死んだらもう終わり、何もない」ってマジ!?

実写ライオンキング 画像 ハクナマタタ
画像出典:https://tsutayamovie.jp/

ハクナマタタコンビのミーアキャット、ティモンの「死んだらもう終わり、何もない」発言には我ながらびっくりしました。

えっそこまで言うかー!って。

実写はその日暮らしのハッピーハッピーなハクナマタタ的生き方はかなりネガティブに描き上げられていて、アニメ版のように「そんな生き方もあるよね」ではなく、「あんな風になるなよ」という警鐘を鳴らしているようです。

そしてムファサが実写でシンバに言いまくるセリフも「お前は何者か」「役目を果たせ」この2点です。

最近のハリウッド映画を追っていると「Who I am(自分は何者か)」というセリフが毎回のように多用される現象に驚きます。

ハクナマタタコンビに「死んだら終わり、俺たちの命は無意味」と極端に言わせていることにも驚きます。

つまりこの世界には、少なくとも先進国と呼ばれる国では「自分が誰かわからなくて人生に意味はない」と不安を抱えている人が多いということで、ムファサのいう「自分が何者か理解して役目を果たして生きていこう」と思うことで安らげる人が多くいるということでしょう。

ただ個人的には「命の環」の中で生きるというのは、ハクナマタタくらい今を楽しむ生き方のほうが整合性があると思うし、「使命」を背負って生きたいと願うのは極めて人間的な発想だと思います。

「自分の使命探し」みたいなのにしがみついて生きるのも、「命の無意味さ」の対極に据えるほど高尚なことかね?…とさえ思いますが、それだけ「オレってなんのために生きてるのかわかんねー」という人が多い証拠でもあるでしょう。

なんで生きているのかわからないという人に共通するのは「今が面白くない」という感情です。

今が面白くなければ、そりゃ生きるのだって辛く苦しいものになります。

その今を面白くできる力が「ハクナマタタ」なのだと思いますが、この生き方を過小評価してしまうと何か人として大切なものが欠けて、ついでに頭でっかち度が上がるという危険性もあるように感じます。

とこのハクナマタタの描かれ方に対して第1印象はこのように思ったのですが、私の考えもまた展開していきますので、あと2項目ほどご辛抱してお読みくださいませ。

ライオン・キングの自然はもうない?アフリカの森林伐採と失われる生態系

アフリカの美しい大自然が消えつつあるというニュースや報告がどんどん上がっています。

私がケニアを訪れたのはかれこれ15年近く前のことですが、当時はケニア西部のナクル湖というところに何万羽のフラミンゴの群れがおり湖が一面ピンクに染まっていました。

湖を埋め尽くすほどのフラミンゴの数…それはそれはものすごい絶景で、ライオン・キングでも出てくる名シーンです。

ところが今やナクル湖は高地の森林伐採による水量の増水で、塩湖だった湖の水質が変わり、餌となるプランクトンや甲殻類が減少してフラミンゴがいなくなったのだとか(増減はあるらしいですが…)。

また、タンザニア北部に位置する名峰キリマンジャロもアフリカで1番高い山として崇められていますが、人口増加、農地確保のための開墾、木材確保のための森林伐採によって毎年約40ヘクタール(東京都2個分)の森林が失われているのです。

このままでは、あと80年でタンザニアの森林が失われるという危機的状況です。

アフリカには豊かな自然と、動物がいて当たり前。

私たち先進国に住む者は「アフリカだけは大丈夫」と慢心しているかもしれません。

しかしそのアフリカの自然さえもうどんどんと失われているのですから、ライオン・キングを観て「アフリカにはこんな美しい自然があるんだなぁ」っとガンガンエアコンをつけてぶんぶん車を運転して排気ガスを出してほしくはありません。

10年経ったらさらにこの美しいアフリカは失われている可能性は高いですし、大自然を湛えたアフリカ映画が消える…そんな可能性だったるんです。

ビヨンセのアフリカ魂テーマソング「SPIRIT」

ライオン・キングのテーマソングであり、のらくらしていたシンバが改心してスカーに戦いを挑むべく故郷へ帰るところで流れるビヨンセの「SPIRIT」。

アフリカルーツを大切にするビヨンセらしい、英語が少々わからなくても胸を打つ強くたくましい歌です。

ミュージックビデオを観ていただければわかりますが、キャストはすべてアフリカにルーツを持った人たち。

白人がのさばっていた一昔前とは考えられぬキャスティングで、ビヨンセは今更ここで言うことでもないですが「限界突破」したアフリカン・アメリカン女性であり「こうあるべきだ」という違和や既成の価値観を乗り越え覆したパワフルな女性です。

テキサス州ヒューストンで生まれたビヨンセは、アフリカンアメリカンのリズム感、ダンスの振り付け、楽器、歌唱力…そのすべてを信じてその道を突き進み開いてきた1人(もちろんその先駆的存在にホイットニー・ヒューストンなどの存在はいました)。

本当は誰もがそのような「自分1人、孤独」と思える属性を持ちつつ生きているのでしょうが、「自信がありません」「私にはできません」となんとなく集団に紛れて普通を装って楽なところで生きていくのは、人間の短所と言えます。

しかしそれをビヨンセは突破し、プライドロックへ勇み足で帰るシンバに重ねて「少年は王になる!」と歌いあげました。

先ほどハクナマタタの「縦の生き方」をこの作品は下げている、と言いましたが、声優と主題歌ビヨンセのキャスティングを考えるとまた少し違った見方ができます。

つまりハクナマタタたちは、「そんな生き方しか俺達にはできないんだ」という固定観念と自ら作った限界の中で生きる生き方の象徴だとも取れます。

ラストシーンでハイエナに怒ったプンバァはイボイノシシでありながらツノでハイエナを撃退し、闘いに勝利します。

この映画は先ほど私が言及したような、「楽観的に生きるか/使命感に燃えて生きるか」という2択の映画ではないのです。

「限界の中に安住して生きるか/限界のない場所に自分の身を置ける覚悟ができるか」という選択の映画と言えるのではないでしょうか。

4.実写ライオン・キングをオススメしたい人

実写ライオンキング 画像
画像出典:https://tsutayamovie.jp/

最後に、実写「ライオン・キング」は次のような方にオススメしたいと思います。

肉食獣の実写だけあり、捕食シーンは血みどろに生々しいのでは…?と思われるかもしれませんが、その辺はぼかされているので安心を(笑)

うちの子供も「スカーを撃退する勧善懲悪のライオンの話」と全部観ることはできていました(子供は勧善懲悪が好きですね)。

自分の役割がわからない人

自分の役割に混乱している人、わからない人にはオススメです。

考察を終えてみれば、実写映画のこの物語に出てくるキャラたちはみんな自分の役割がよくわかっていません。

王の世継ぎの立場を追われたシンバはもちろんのこと、王の弟スカー、ライオンの敵ハイエナ、そして特にハクナマタタのティモンとプンバァ。

役割が分からないというのは動物界では致命的な話で、リアルなら「何のために…」と考えているうちに一瞬で食われて終わりです。

人間は自分の役割がわからないとその地点にしばらくとどまっているしかないのですが、実写「ライオン・キング」を観たら逆にこう考えてほしいのです。

自分が可能性を潰している、自分の考えとは何か?

つまり、「自分にはできない」という思い込みはないか?ということです。

それがなければ「本当はこうなりたい」という役割の方向へ進むことさえできないからです。

今日1日だけでも構いません、「自分にはできない」と思っていることについて疑う視線を持って立ち止まって考えてみてください。

些細なきっかけで人生は案外と自動的に展開していくものです。

瞑想気分を味わいたい人

瞑想気分を味わいたい人にはオススメです。

私はたまに「chill song, Africa」などとYouTubeでググってアフリカの癒し音楽を聴くことがあるのですが、実写「ライオン・キング」はその視覚バージョンと思っていいですね。

しかも、音量小さめに見たほうが母なる大地アフリカの自然が体に沁み込むようで効果的。

CGと現実が違うのは鳥がゆっくり飛ぶところと、動物の口がセリフを言うときに細かくモゴモゴ動くくらいで、それ以外は完全に本物です(ありがたいことに鳥のスピードや動物の口パクはテレビの小画面では目立ちません)。

なんだか疲れたなぁと思ったとき、ヒーリングの1つとして活用できるのも実写「ライオン・キング」のすごいところ。

アフリカの生の映像をストーリー立てて長時間映してくれる映像ってないですからね。

しかも、アメリカの有名な自然ドキュメンタリー番組ナショナルジオグラフィックほど生々しくもないんです(笑)

ぼーっと流しておくだけでなんだか癒されますし、耳をすませば風の草をこすらせるさわさわとした音、動物がうめく声、砂埃が立ち上がる音などが本当にありありと聞こえそうなんです!

将来CGアニメーターになりたい人

将来CGアニメーターになりたい人にはオススメです。

正直付け加えるまでもないですが、あえて付け加えてみました。

観ていただければわかると思いますが、今作は「超実写」と銘打たれているだけだり動物の骨格に筋肉の動き、質感、背景、すべてが私たちが観る光景とほぼ何も変わりません。

しかし、「それが芸術性を高めるとは限らない」という視点もまた持って観ていただきたいとも思います。

おそらく超実写でアニメが作られるのはこれがピークであり最後ではないでしょうか?

今後こういった超実写作品が作られるのか、正直それは「NO」だと一視聴者としては思います。

何を作れば人は感動するのか…「それは限りなく現実に近づけることではない」と、少なくともこの映画を観た私は感じました。

先進技術がどんどん進化する中、この答えのないモヤモヤした問いと立てつつ、ぜひ1人のアーティストとして鑑賞していただきたいです。

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