この世界の片隅に【ネタバレ】 愛おしくも恐ろしい戦争アニメ映画の見どころ

こんにちは。エンタメブリッジライターの海山ヒロです。

今回ご紹介するのは、第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した、こうの史代の同名コミックをアニメ映画化した作品です。

上映されるや口コミやSNSで爆発的に話題になり、公開されて3年近くたった現在でも日本と世界のどこかの劇場で上映されている「この世界の片隅に」についてご紹介したいと思います。

それでは、早速始めていきましょう。

1.アニメ映画「この世界の片隅に」の作品紹介

公開日:2016年11月12日
監督:片渕須直
原作者:こうの史代
原作:この世界の片隅に
脚本:片渕須直
出演者(声):のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、潘めぐみ、岩井七世、牛山茂、新谷真弓
受賞歴:第40回日本アカデミー賞・最優秀アニメーション作品賞を受賞。フランス・アヌシー国際アニメーション映画祭・長編コンペティション部門・審査員賞を受賞。

2.アニメ映画「この世界の片隅に」のあらすじ


画像出典:https://eiga.com/movie/82278/gallery/

それでは「この世界の片隅に」のあらすじをご紹介しましょう。

ネタバレなしネタバレありがありまして、事前情報なしでもOKという方は、ネタバレなしを。

結末を知らなきゃ怖くて見れないという方は、ネタバレありをお読みください。

アニメ映画「この世界の片隅に」のあらすじ(ネタバレなし)


画像出典:https://eiga.com/movie/82278/gallery/

昭和19年、広島。

故郷の江波から山をいくつか越えた呉に18歳で嫁いできた、すず。

見合いまで顔も知らなかった相手とその家族との生活になにかと気を使いながらも、持ち前ののん気さを発揮して日々を過ごしていた。

戦時下で物資が不足しがちでも、ご近所さんに聞いた節約術を駆使して家族の食卓を少しでも豊かにしようとし、時には息抜きで大好きな絵を描く。

しかしそんな日々も戦争が進むにつれ、変わろうとしていた。

故郷の江波とは違い、軍港である呉は空襲で何度も焼かれ、すずの大切なものを脅かしていく。

空襲のサイレンに怯え、憲兵のおどしにへこたれそうになりながらも、笑顔を忘れず暮らしていこうとするすずとその家族であったが、世界は「あの日」を迎えようとしていた―――。

アニメ映画「この世界の片隅に」のあらすじ(ネタバレあり)


画像出典:https://eiga.com/movie/82278/gallery/

広島県の江波。三人兄妹の真ん中として、兄と妹に囲まれ、両親やご近所さんに見
守られながらすくすくと育ったすず。

ちょっとおっちょこちょいな所が玉に瑕だが、いつも朗らかで笑顔を忘れず、誰からも愛されていた。

そんな彼女の特技であり好きなことは、絵を描くこと。

課題ができないというクラスメイトの水原の為に描いた故郷の海と波ウサギの絵が、絵画コンクールで受賞したこともあったから、その腕はかなりのものである。

そんなすずが18歳のころ、縁談が舞い込んできた。相手は故郷から遠く離れた呉の、北條周作という名の男。

呉の高台に家族と住み海軍で働いているとのことだが、すずは会った覚えがない。

しかし、望まれていくのが幸せと周囲におぜん立てされ、あれよあれよという間に、祝言の日を迎えて。故郷を離れて北條家へとすずは嫁いだ。

呉では舅や姑は穏やかな笑顔で迎えてくれたものの、周作の姉・径子がちょくちょく訪れ、すずにきつく当たってくる。

しかし無口ではあるが陰に日向にサポートしてくれる夫・周作に支えられ、すずは生来ののん気さも手伝って、次第に家族の一員となっていった。


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物資の少ない戦時下ではあっても、ご近所や戦国時代の武将の知恵などを借りて、生活を彩ろうとするすず。

出戻ってきた径子ともなんとか折り合いをつけ、その娘・晴美とも仲良くなり、一緒に野の花を摘み、時には得意の絵を描いたりと楽しく暮らしていた。

そんなすず達の日常にも、次第に戦争の影が色濃く差すようになってきたのは、昭和20年のことだった。

すず達の住む呉は、軍港である。港に停泊する軍艦を狙って、戦闘機が次々と飛来し、爆弾を落としていく。

昼となく夜となく鳴り響く空襲警報のサイレン。そんな不安な折に夫が仕事で家をしばらく離れることになり、義父も空襲で大ケガを負ってしまう。

せめて幼い晴美だけでも安全な場所へ疎開させようと駅へむかったすず達だが、その途中で空襲に遭遇してしまった。

空襲自体は出先の防空壕で避けることができたすず達だったが、警報が解除され外に出た時、道に埋まっていた時限爆弾が爆発した。

真っ白い光。暗闇の中の花火。いつか描いた波うさぎ。

次にすずが気が付いた時には、つないだ右手とその先にいた晴美を喪っていた。径子からは、

人殺し!

と涙ながらに詰られ。医者や周囲の者から、

右手だけですんで良かった。傷がよくなって良かった。

そう言われる度に、心にわだかまりを積もらせていく、すず。

7月に入っても状況は悪化するばかりであった。家の中まで焼夷弾が落ちたり、機銃掃射による空襲を受けたり。気晴らしに絵を描こうにも、右手はない。半ばやけになったすずは、

帰りたい。家(ふるさと)に帰るんです。

と周作に訴えた。

そして、8月6日。その日の朝、すずは空襲を逃れるため実家に帰ろうとしていた。

しかし義姉の径子から優しい言葉をかけられ、帰るのを思いとどまったところであったのだ。

その矢先、すべてを白く染める鮮烈な光と、巨大なキノコ雲が広島の街を焼き尽くした。

広島から列車で2時間の呉にも恐ろしい地響きと閃光は届き、何より空を覆いつくすようなキノコ雲が彼女たちを不安にさせた。

ラジオなどの連絡が寸断し、混乱が続く中、広島の壊滅的状況が徐々に伝わってくる。そして、終戦。

縁側にみんな揃って正座して聞いた、玉音放送。

最後まで戦うんじゃなかったのかとすずは憤り、失った娘を悼んで、人知れず泣き崩れる径子。原爆のせいで実家の母も父も死に、妹は原爆症に侵されていた。

それでもすず達は、明日も生きていく。

3.アニメ映画「この世界の片隅に」の2つの見どころ


画像出典:https://eiga.com/movie/82278/gallery/

わたしが今まで観た「戦争映画」の中で、最も恐ろしく、愛おしい作品となった「この世界の片隅に」。

この作品の見どころ、というよりも数ある「戦争映画」と違うポイントを二つ、ご紹介したいと思います。

見どころその①戦争で奪われるものとは。

筆者は、この作品の舞台である広島で生まれ育ちました。

それも原爆が落ちた市内の生まれですから、小学生の時分から「平和教育」によりいわゆる「戦争映画」を数え切れないほど観てきました。

有名どころをあげていけば、モノクロ実写映画「黒い雨」。疎開先で悲劇に襲われた小学生たちを描いたアニメ映画「対馬丸」

どの作品も、これでもかこれでもかと戦争の悲惨さを描いてトラウマになるほど。しかしだからこそ、言い方は悪いですがすっかり飽きていました。そんな状態で観たのがこの作品です。

まず、こうの史代さんの原作のタッチそのままに、穏やかで優しい何気ない日々が描かれていたことに、毒気を抜かれました。

「また戦争映画か」と知らず力が入っていた両肩が、ストンと落ちました。

物心ついてからこれまで、何度も何度も教えられてきた、「あの日」。8月6日。

しかしこれまでわたしが映像や語り部さん達から見聞きしていたのは、8月6日以降の、原爆が落ちてこの世の地獄が訪れて以後の話ばかりで。

それまでには「幸せな」日々があったという、そんな当たり前のこと気づいていなかった。そのことを「この世界の片隅に」に教えられました。

主人公・すずの故郷、わたしもよく知る江波の海と山。瀬戸内の、きらきらと輝く遠浅の海。

その海の向こうにある、親せきの家。庭で取れたスイカを井戸で冷やして、縁側でみんなで並んで食べる。

路面電車が走り、人が忙しく行き交う広島の街。すずが嫁入りした呉の、山の上まで続く段々畑の萌える緑……。

戦争が恐ろしいのは、嫌なのは、戦場で起こる目を覆いたくなるような蛮行や、失われる命のせいばかりではなく。

そうやってずぅっと積み重ねてきた、大切にしてきた何よりも愛しい日常が奪われる。壊され、永遠に取り戻せなくなるかもしれない。それが、戦争の恐ろしさなのだ。

その事を「この世界の片隅に」は教えてくれるのです。説教臭くもなく、あくまで穏やかに。これは、なかなか出来ないことです。

見どころその②あの日以前、いまはもう失われた戦前の姿がそこに。


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「戦争」を描く方法は、いくらでもあります。

先にあげた「対馬丸」のように、逃げる途中で無残に殺されてしまった「不幸な」無辜の民を描き、戦争の悲惨さを描くというやり方。

スティーブン・スピルバーグ監督と名優トム・ハンクスがタッグを組んだ「プライベート・ライアン」では、血と肉が飛び散る戦闘シーンを冒頭30分にわたって流しています。

その海岸一面が兵士の死体で埋まる凄惨な光景と、すぐ耳元を掠めるようなリアルな銃声や爆撃の音で、戦争の惨たらしさは十分伝わってくるでしょう。

しかし「この世界の片隅に」のように、ほっこりとした日常を柔らかく淡い絵柄で最初に見せる戦争映画というのは、今までなかったのではないでしょうか。

少なくとも20本は戦争映画を観てきた筆者は知りません。

人間は、慣れる生き物です。どれだけ悲惨なシーンでも、いや、悲惨なシーンだからこそ、10分も観ればそのシーンから目や気を反らすか、慣らそうとしてしまいます。

精神の均衡をたもつために。

しかしほんわかとした日常や柔らかく楽しい日々を描かれると、観ているこちらの心も自然とほどけ、なんでも受け入れられるように、感じられるように柔軟になります。

その状態になった後に戦闘シーンを、破壊シーンを観てしまえば、どうなるか。もうお判りですよね?

戦争や戦闘により壊されたもの、奪われてしまったものの元の姿を知っているだけに、より一層哀しみが、やるせなさが、憤りがこみ上げてくるのです。

特にこの作品ですずや彼女の家族の口から飛び出る広島弁は、わたしの身体にしみついた言葉。正確に言えば、かつて、また帰省すれば耳にするそれよりもっと優しく、甘い言葉。

そして、瀬戸のずうっと向こうまで見渡せる凪いだ海。ぽつりぽつりと浮かぶ島々。ノリやカキの筏。

原爆により骨組みだけになった、吹き飛んでしまったかつての街並み。

凪いだ海も、その海に浮かぶ島々も筏も街並みも、もちろん今でも同じようなものはあるけれど。

あの8月6日以前、そこに確かにあった。いまはもう失われてしまったものもあるけれど、そこに確かに存在していたのだ。

それを、「この世界の片隅で」では観ることができます。

原爆前の姿を蘇らせた、貴重な映像です。70年以上も前、現在43歳の筆者は実際に観たことのない光景のはずなのに。

その生き生きとした街の姿に、涙が溢れて止まりませんでした。

4.アニメ映画「この世界の片隅に」をおすすめの人


画像出典:https://eiga.com/movie/82278/gallery/

アニメ映画「この世界の片隅に」をおすすめの人は、こんな人々です。

「戦争映画」が苦手な人

この映画は、「戦争」を真正面から描きながらも、血生臭い戦場の阿鼻叫喚や蹂躙された人々の怨嗟を描いていません。

あくまで優しいタッチで、戦時下であろうと笑い、楽しみを見つける人々の日常を描いています。

そしてだからこそ、それを奪われた悲しみが、痛みが、ダイレクトに受け止められる。戦争映画は苦手という方にこそ、この映画をおすすめします。

平和を担う立場のある人々

説教臭いことを言うつもりはありませんし、言う立場にもありませんが。

平和を担う立場にある人々、政治家さんに官僚さんに自衛隊の皆さんに、なによりすべての人類に、「この世界の片隅に」の視聴を必須にしていただきたいです。

貴方たちが、わたし達が誤った道を選べば、72年前に起こったこの「悲劇」より何百倍もひどいことが、起こる。

貴方たちとわたし達が間違えば、この映画に描かれているような幸せな日々が、永遠に失われる。

そのことを脳漿の隅々にまで叩き込むために、ぜひ観て頂きたいです。

戦争を知らない子供たちに

戦争を知らずに、僕らは生まれた。

そんな歌詞の歌がありますが、大変ありがたいことに、この72年間日本は一度も「戦争」をしていません。

つまり、すでに大人になった筆者の世代の人間も、その子供世代も、親の世代も、戦争を知らないで育っているのです。

それはとても素晴らしいことかもしれませんが、同時に恐ろしいことでもあります。

いま手にしている「平和」はとても儚くもろいもので。ある日あっという間に奪われることもある。

ひとたび戦争になれば、どれだけ抗おうとも、嫌だと叫んでも、自分の命や家族の命、大切なものをすべて奪われることもある。

それだけではなく、奪う側に強制的に立たされることだってある。

それを知るために、この作品をぜひ観てください。

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