愛と哀しみの1インチ。解説!【ネタバレと感想】映画『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』

ヘドウィグアンドアングリーインチフライヤ

こんにちは。

エンタメブリッジライターのriezoです!

今回はアメリカのオフ・ブロードウェイで上演され、その後映画化された「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」をご紹介します。映画公開後は日本でもミュージカル上演されている名作です。

劇中で演奏されているロックな音楽はもちろん、一見キワモノ映画とも思われがちなヴィジュアルをしたヘドウィグの愛にあふれたストーリーをぜひ堪能していただきたいと思います!

1.「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」の作品紹介

公開日: 2002年2月23日(アメリカ)
監督: ジョン・キャメロン・ミッチェル
原作者: ジョン・キャメロン・ミッチェル、スティーヴン・トラスク
原作: ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ
出演者:ジョン・キャメロン・ミッチェル(ヘドウィグ/ハンセル)、ミリアム・ショア(イツハク)、マイケル・ピット(トミー・ノーシス)、スティーブン・トラスク(スキシプ)
受賞歴:サンダンス映画祭で最優秀監督賞、最優秀観客賞受賞。ベルリン国際映画祭、テディ・ベア賞受賞。ロサンゼルス映画批評家協会賞、ニュー・ジェネレーション賞受賞。サンフランシスコ国際映画祭、最優秀観客賞受賞。ドービル映画祭、グランプリ、最優秀批評家賞、最優秀新人監督賞受賞。シアトル国際映画祭、最優秀主演男優賞受賞。

2.「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」のあらすじ紹介

ヘドウィグアンドアングリーインチ
画像出典:https://www.amazon.co.jp/

それでは、いよいよあらすじを紹介していきます。

ネタバレなしとネタバレありで書いていきますので、観賞前に最後まで内容を知りたくない方はネタバレなしだけご覧ください。

「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」あらすじ(ネタバレなし)

まだ東西ドイツが壁で分断されていた冷戦下の東ドイツに生まれたハンセル(ジョン・キャメロン・ミッチェル)は、母と2人で暮らしていました。

幼い少年のころから、ハンセルはラジオから聴こえてくるアメリカ音楽のとりこになり、いつかロックスターになりたいという夢を抱いていました。

やがて17歳のハンセルはアメリカ兵のルーサーと出会いました。

ルーサーと結婚しアメリカへ渡るために、ハンセルは性転換手術を受け、母の名前、ヘドウィグと母のパスポートを譲り受けます。

ヘドウィグアンドアングリーインチ
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しかしアメリカに渡ったヘドウィグの幸せは長くは続きませんでした。結婚1年目の記念日に、ルーサーは新たに見つけた若い青年と一緒になり、ヘドウィグの元を去ってしまいます。

そしてなんとそれは、ベルリンの壁崩壊の日でもありました。そこからヘドウィグの愛と波乱の人生が始まります。

ベビーシッターなどのアルバイトをしながら生活していたヘドウィグは、シッター先でトミーと運命の出会いをします。

ヘドウィグはトミーを心から愛し、一緒に音楽を創り出していくようなります

しかしトミーとの蜜月のような生活も長くは続かないのでした。

「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」あらすじ(ネタバレあり)

ヘドウィグは幼いころに実父から性的虐待を受けていました。

それを知った母親は父親を家から追い出し、母子2人での生活が始まったのです。

幼いハンセル少年(ヘドウィグ)に母は愛の起源について語り聞かせます。

これについては、のちほど詳しく説明しましょう。

17歳のときに全裸で日光浴をしていたハンセル青年を「美味しそう」に見つめるアメリカ人のルーサー大佐。

甘いグミやお菓子でハンセルを誘惑します。

ヘドウィグアンドアングリーインチ
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お菓子をたどっていくと全裸のルーサー大佐の横たわる姿。

チョコバーやキャンディで下半身を覆ったおっさんの姿はなかなかシュールですが、このおっさんとの出会いがその後の波乱の人生の始まりでもあります。

東ドイツから出るためにルーサーが出した条件こそが性転換の手術だったのです。

何にも知らない少年をだまくらかしてるとしか思えない不敵な笑顔のルーサー。

一方、母は本当にハンセルを東ドイツから出国させたかったのでしょう。

目的はなんにせよ、東独出国という2人の大人の共通目標により、手術台に上らされたハンセル青年の運命やいかに!

なんと、執刀したヤブ医者のせいで、股間に1インチの肉の塊が残るという悲劇に見舞われたハンセル

これがまさに怒りの1インチ、ハンセル改めヘドウィグが背負う人生の十字架の誕生というわけです。

アメリカに渡って1年後、かのルーサー大佐はさっさと新たな若い少年に乗り換えます。

ま、ありがちな展開。

ヘドウィグはあっさり捨てられてしまったまさにその日、ベルリンの壁が崩壊…。

ヘドウィグの心も崩壊…。

残ったのは1インチのしこりだけ。

ツラい。

ツラすぎます。

1人アメリカで生きていかなければならなくなったヘドウィグは、それこそいろんなものを「くわえ込んで」生活費を稼ぎます。

そしてある日ベビーシッターをしていた家で運命のトミー少年と出会ってしまうのです。

トミーもまたロックにあこがれる少年でした。

やがて2人の音楽はそこそこ話題を呼び、ライブハウスにもトミー狙いの女子たちがやってくるようになります。

ヘドウィグアンドアングリーインチ
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しかしヘドウィグの「股間の秘密」を知ったトミーは、ヘドウィグから去ってしまいます。

このときのヘドウィグが言った言葉

私の股間も愛してよ!」

なんという残酷な。

こんなことを言わせるなんて。

トミーの馬鹿!

ヘドウィグから去ったトミーは、なんとその後ロックスターとしてブレイクしてしまいます。

しかも2人で作った歌をぬけぬけと歌うという無礼者っぷり。

かたやヘドウィグはアングリーインチというバンドを組んでいて、バンド内にイツハクという夫もいました。

アングリーインチのマネージャーはトミーの歌の版権を争う姿勢です。

トミーのライブツアーを追ってライブをしながらトミーと直接交渉するチャンスを伺うヘドウィグ一行。

ツアーを続けるうちに自分のむしゃくしゃした気持ちを制御できず、バンドメンバーにも当り散らしてしまうヘドウィグ

イツハクとの関係もお互いに傷つけあい消耗してしまう関係です。

やがてイツハクはミュージカルのオーディションに応募し、女性の役を勝ち取ります。

そう。イツハクも女装願望があったのですね!

しかしヘドウィグはこれを許さず、イツハクのパスポートを破り捨ててしまうのです。

この行動にはさすがのバンドメンバーもマネージャーもドン引き。

みんながヘドウィグの元から去ってしまいます。

ヘドウィグアンドアングリーインチ
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またしても1人ぼっちになり、娼婦となって街角で客待ちをするヘドウィグ。

するとそこに現れたのは、なんと高級リムジンに乗ったトミーでした。

トミーはヘドウィグに今までのことを謝り、いつか一緒に音楽をやろうといいます。

ドライブをしながらキスをする2人。

しかしロマンチックになりかけたその瞬間、前を横切るトラックに激突してしまうのでした。

「おとこおんな」のヘドウィグと車に乗っていたトミーは、一気にスキャンダルの渦中へ!

ところが一方のヘドウィグは、その強烈な個性がウケて、あっという間に時の人に

いつの間にやら戻ってきたバンドメンバーやマネージャーとともに再びステージの上に返り咲きます。

でもヘドウィグにとっては、人気が出てもてはやされることが望みではないのです。

あくまでもトミー。自分の片割れを求めているのですよ。

しかしいろんな意味で成長してしまったトミーは、やっぱりヘドウィグの元を去っていきます。

この別れは、ヘドウィグにとって、本当にすべてが無になることを意味しました。

今までウィッグと化粧で鎧のように自分を守っていたヘドウィグは、すべての鎧を脱ぎ、男の姿でステージに立ちます

そのステージ上で、ヘドウィグはイツハクにウィッグを渡します。

女性としてステージに立ちたいというイツハクの望みを受け入れるのです。

ヘドウィグとイツハクを縛り付けていたイバラの鎖が切れた瞬間です。

ライブが終わり、まさに裸一貫になって、とぼとぼと1人薄暗い路地を歩いて大通りに出て行くヘドウィグ。

その腰のあたりには、2人がひとつになった人間の顔のタトゥーが入っていました。

3.「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」の見どころ

ヘドウィグアンドアングリーインチ
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どの場面を切り取っても強烈な印象のヘドウィグ・アンド・アングリーインチ。

観る人によってそこから受け取る解釈や感想は様々でしょう。

私が感じたヘドウィグの愛とメッセージを解説していきます。

愛の起源へのこだわり

まず、この作品はヘドウィグというドラァグクイーンを主人公とした、常識はずれのクレイージーなロッククイーンのお話ではありません。

もちろん作品のモチーフとなっているドウィグの強烈なヴィジュアルや、パンキッシュなライブシーンが見所のひとつでもあるのは間違いないです。

ヘドウィグアンドアングリーインチ
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それだけでもこの作品を楽しむことは十分可能ですが、本作はアイデンティティの確立や愛を求めることとはどういうことか!?について考えさせられる深いテーマを持った作品なのです。

そしてそれは映画の冒頭で語られている愛の起源にそのすべてが集約されているといっていいでしょう。

ヘドウィグの母親が幼い息子に語った愛の起源とは…。

昔々人間には手や足や顔が2組ずつ付いていました。

そう、2人1組で1人の人間です。

人間には3種類ありました。

男同士の組合わせの「太陽の子」、女同士の「地球の子」そして男女の組合せの「月の子」です。

しかし、人間が次第に知恵をつけてきたことを脅威に思った神々が、人間を2つに引き裂いてしまったのです。

だから人は離された自分の片割れを探し元通りの完璧な姿になろうとする

それがセックス、愛の起源だというのです。

映画の冒頭、ライブシーンで歌われている「Origin of love」の歌詞にもなっているこの話は、哲学者プラトンの饗宴をベースに作られています。

まさにこの愛の起源がメインテーマとなっているのです。

ヘドウィグとトミーの禁断の果実

ヘドウィグはトミーと出会い、お互いにすぐに惹かれ合います。

年上女性の抱擁力とそれにノックアウトされた男の子の図式。

ところが2人の関係はずっとプラトニックなままです。

ヘドウィグはトミーに股間の秘密を言えませんでした。

でもそこはやっぱり男女の仲。

ついにその時が来てしまいます。

ヘドウィグアンドアングリーインチ
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激しくキスをして求めあっていたのに、ヘドウィグの股間を触った瞬間、瞬殺で正気に戻るトミー

今のは何?

何って…。

そこで初めてヘドウィグが性転換したことを知るのです。

あっという間に冷めるトミー。

そしてヘドウィグのあのセリフ。

何よ!臆病者!何ビビってるのよ!愛してるなら私の股間も愛して!

恋っていうのは本当に儚い。

あっという間に冷めてしまうものなのですね。

特にまだうら若いトミー少年にはヘドウィグの「過去のシコリ」は荷が重すぎて、受け入れろという方が無理なのだけど。

トミーはアダムとイヴの寓話に心酔していました。

イヴがアダムに禁断の果実を食べさせたことで善悪を知ることになり、イヴはアダムの一部となった。

セックスしたということです。

そして自分とヘドウィグにアダムとイヴの姿を投影させて酔っていたのです

ヘドウィグに禁断の果実を求めた結果がこれでした。

しかしトミーにとっての善悪とは愛し合うことではなく、受け入れがたい事実を知ることでした。

トミーにビビるなと言ったヘドウィグもこうなることをビビっていたからこそ、最初に自分の過去を言えなかったんだと思います。

最初の強烈な登場シーンから、酸いも甘いも噛分けた姐さんのようなイメージだったけど違ったんです。

心はまだハンセルのまま。

傷つくことを恐れる1人の少年だったのです。

自分の体を切り刻んで人生を変えられてしまったヘドウィグには、自分が求めていたはずの、愛という物の神髄をまだ掴み切れていなかったんですね。

ヘドウィグにとって、愛とは与えるものより求めるものだったのです。

人は与えてもらって初めて人に与えることができると思うのです。

ヘドウィグはまだきちんとした愛を与えられずに大人になってしまっていたんじゃないかと思います。

真実の愛とは

ヘドウィグとトミーの間には男女の愛は生まれませんでした。

ヘドウィグが求めていたものは愛かもしれませんが、それはまだ自分が愛されたいだけの一方的な愛だったんじゃないかと思います。

トミーがヘドウィグを受け入れられなかったように、ヘドウィグも、トミーという自分とは別の人格を受け入れることができなかったからです。

だから恨み言を言ってしまった。

トミーはヘドウィグと出会ったことで、間違いなく成長しました。

ロックスターとしてブレイクしただけでなく、あきらかにヘドウィグを置いて先に進んでしまいました。

でもヘドウィグの心はまだ傷つきやすく壊れやすいガラスのハートです。

ヘドウィグと再会したあと、トミーはヘドウィグに歌を捧げます。

それは、初めてトミーがヘドウィグのライブに行ったときに彼女が歌っていた曲です。

ところがヘドウィグが歌ったものとは歌詞が違っていて、トミーからのアンサーソングになっているのです。

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その中でトミーは、「この世には運命の恋人もいない、いろいろなことがあっても君はこの薄汚れた街で独りきりだ」、と歌っちゃうのです。

ヘドウィグに宛てた決別の言葉ですね。

一見とても冷たく突き放しているようにも思えますが、これはトミーが大人になってしまったことを表しているのだと感じました。

ここでまた愛の起源について考えてみます。

2つに分けられた1組の人間が、片割れを求めて1つになる。

これはセックスのことを言っています。

そしてトミーが話したアダムの一部になったイヴの話も性的な繋がりを示唆しています。

しかし、誰かが誰かの一部になるというのは物理的なことだけでなく、その知恵や感情、知識を共有してお互いに高まり合うということではないでしょうか。

唯一無二だと信じていた人から受け取るものは物質や体の触れ合いだけでなく、その人の精神を自分に取り込んで同化するものでもあると思います。

ヘドウィグはトミーからのアンサーソングを聞いたとき、彼の言葉がパズルのピースのように自分の中の欠けていた部分にカチッと嵌ったのを感じたのだと思います。

それはヘドウィグにとって、トミーと同化できた瞬間だったのかもしれません。

その後自分のおでこにトミーと同じ十字架を描いていることからも想像できます。

ヘドウィグアンドアングリーインチ
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ウィッグも派手なメイクも手放し全裸で歩いていく後ろ姿は、孤独よりも新たなアイデンティティの確立を感じさせるラストシーンです。

愛することは縛らないこと

ヘドウィグとトミーとの関係の対局にあるのが、イツハクとヘドウィグの関係です。

イツハクの人間像やプロフィールについては詳しくは描かれていないのですが、彼もまたヘドウィグ同様、女性への変身願望を持っています。

それはヘドウィグのウィッグを手入れしているときにこっそり被っているところでもわかります。

おそらくヘドウィグもそれに気づいているのでしょう。

キャラが被ってるんですね。

そんなイツハクに対するヘドウィグの気持ちは愛情とは言えないものです。

自分から離れていくことを許しません。

ちょっといじわるですよね。

でもそのいじわるの根底にあるのは去られることへの恐怖じゃないでしょうか。

今までさんざん愛する人が去って行ってしまったヘドウィグのトラウマにもなっているのかもしれません。

だからミュージカルの役が決まった時にもパスポートをビリビリに。

勝手にオーディションを受けて自分を置いて行くなんて考えただけで腹がたったのでしょう。

気持ちは分かるんですけどね。

ちょっとやりすぎました。

これじゃあみんな離れていっちゃうよなぁと。

でもトミーとの関係から愛を学んだあとは、ようやくイツハクに対しても「与える」ことができるようになったのです。

だんだん綺麗に見えてくるヘドウィグ

最初のどぎついメイクでの登場シーンでは、まあお世辞にも可愛いとか綺麗という形容詞からは遠い容姿でした。

ある意味つかみはオッケーという感じですが、これが不思議なことに、ストーリーが進むにつれ、

あれ?なんか可愛い。

そう思えてくるから驚きです。

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目が慣れてくるからかもしれませんが、それだけではない、主役のジョン・キャメロン・ミッチェルの魅力なのでしょうか。

美しいんです

音楽だけでも楽しめる

劇中で演奏されている楽曲は、すべてスキシプ役のスティーブン・トラスクが作っています。

グラムロックなその音楽は、マドンナが楽曲の権利使用を求めたというエピソードもあるほどです。

メロディーだけでなく歌詞も秀逸ですので、ぜひ歌詞を読みながらヘドウィグの世界観を味わってほしいです。

4.「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」をおすすめしたい人

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すべての人に観てほしい「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」ですが、特に次のような方にはぜひこの映画を観ていただきたいです。

こういうオネエ系の映画はどうも苦手で…などと思わず、1人の人間の生き様から何かを感じ取っていただきたいです!

愛について考えたい人

最初にも書いたとおり、これは愛の物語です。愛情とは一方通行ではありません。お互いに補い合う関係であることが一番大切です。

相手への愛だと信じていることが、実は孤独を紛らわすための執着だったりするかもしれません。

愛と憎しみはベクトルが違うだけで、同じくらいのエネルギーを使う人間の感情です。

方向を間違えると不毛なエネルギーを消耗し何も生まれることはありません。

自分にとって愛とは何か分からなくなっている人には、ヘドウィグとトミーのストーリーを見て何かヒントに気づいてほしいです。

恋人や伴侶がいる人は、この作品を観て自分は相手に優しさや愛情を与えられているか考えるきっかけにしてください。

心のデトックスをしたい人

毎日忙しくて心が硬く疲れてしまっていたり、自分に自信が持てなくなっている人は、何も考えずにこの映画を最後まで観てください。

きっと観終わるころには泣いて泣いて泣きまくってスッキリしているはずです。

ヘドウィグは確かにLGBTという意味ではマイノリティかもしれません。

しかし彼女が愛を求める気持ちは決して少数派だけの特別なものではなく、むしろ誰もが本能的にもっている感情です。

シンプルに人を愛し、愛を与えたい、そんなポジティブな気持ちになって観終われる作品です。

 

 

 

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