リアルすぎると話題!?映画「Fukushima50」感想とレビュー【ネタバレ】

fukushima50 ポスター

エンタメブリッジライターしおりです。

「この世には観終えても、観終わらない映画がある」、「Fukushima50」を鑑賞して私が1番に思った感想はこれです。

2011年3月11日、私は東京オフィスにて東日本大震災を経験、職業柄翌日から宮城の支援活動チームに入り、地震の10日後には宮城入りして沿岸部にて活動を行っていました。

そのためか311で最大の関心事は津波であり、原発のニュースをあまりリアルタイムで観る機会がなくここまで来てしまい、さらに文系であることもたたってか「メルトダウン」「臨界」といった基本的な原発用語も知らずにここまでやってきたのです。

今回「Fukushima50」と、原作本である「死の淵を見た男ー吉田昌郎と福島第一原発」を読み終えたとき、ものすごく感動して「久々にいい映画を観た!」と何度も涙が出たものの、果たして自分のような者がこのレビューを書いてよいものか…ハタと思考停止してしまいました。

ただ、「Fukushima50」をもう1度テレビで鑑賞していた時、横でチラッと観ていた6歳の娘の反応とは、

この人たちなんで暑いの?ドアの向こうに何があるの?

という原子炉建屋や防護服を来た作業員への率直な疑問であり、そこで感じたのは、私は大人として「今電気がつく」というのは彼らの粉骨砕身の命懸けの成果であることをやはり説明する責任があるということです。

注視すべきは、最近の子供はコロナ禍にあってさんざん防護服を身にまとった人を目にしていること。

子供の純粋な魂も、「何か、いつもと違う」ことの目撃者となっていることを見逃してはいけません。

地元福島の方にとっては完全な復興が途方もなく先のことになることは心が痛みますが、首都圏に住む私たちには終わりをつげ、今安定した電力が供給されているのは間違いなく日本崩壊を寸でのところで食い止めた約50名の現場作業員がいてくれたからこそ…。

本来なら本作は2020年3月6日に盛大に封切られて全世界に上映される予定でしたが、奇しくもコロナウィルスのため映画館自体が上映見合わせ、閉鎖…心を合わせて1つのものを乗り越える必要がある今、自宅でもぜひ皆さんに鑑賞する必要があると思っています。

私たちは皆、今それぞれの「現場」に立っています。

映画「Fukushima50」は、どんな困難があっても「いつか終わる」という希望を与えてくれます。

これこそ2013年7月食道がんのためこの世を去った吉田昌郎所長が残した最大のレガシーではないでしょうか。

1.「Fukushima 50」の作品紹介

公開日:2020年3月6日 (日本)
監督:若松節朗
脚本:前川洋一
原作者:門田隆将
原作:死の淵を見た男 ―吉田昌郎と福島第一原発―
出演者:佐藤浩市、渡辺謙、吉岡秀隆、緒形直人、火野正平、平田満、萩原聖人、吉岡里帆、斎藤工、富田靖子、佐野史郎、安田成美、ダンカン。
公式サイト:https://www.fukushima50.jp/

こちらが「Fukushima50」の予告動画です。

50秒頃「伊崎…たのむわ…」と神妙に電話口で語る吉田昌郎所長(渡辺謙)…、「わかった」と応答した伊崎(佐藤浩市)が決断したこととは!?ぜひ皆さんにも目撃していただきたいです。

2.「Fukushima 50」のあらすじ

fukishima50 画像 渡辺謙 吉田昌郎
画像出典:https://www.youtube.com/

初めに「Fukushima50」のあらすじをご紹介します。

すでに福島第一原発事故は1,000冊以上もの文献が発刊され、テレビでも故・吉田昌郎所長を大杉蓮さんが熱演するなど、映像化も初めてではありません。

本作の「差別化」とは、数珠繋ぎに連鎖する地震発生からの閉ざされた空間での群像劇に焦点が当たることで、官邸や本店からのプレッシャーと闘いつつ、更にこれまでスポットが当たらなかった地元出身者で構成された作業員、自衛隊、米軍までワンチームとなって命懸けで事故と向き合うドラマが描かれていることです。

「Fukushima 50」のあらすじ(ネタバレなし)

緊急地震速報のアラートが鳴り、ほどなくして襲ったM9.0の大地震。

2011年3月11日PM2:46——これが福島第一原発事故の始まりでした。

敷地内の免震棟に避難し、緊急対策本部を設置して現場を指揮することとなったときの所長、吉田昌郎。

一方、そこから約350m離れた原発の心臓部とも言える1・2号中央制御室(通称「中操」)で吉田所長と連携しながら現場指揮を取る当直長、伊崎利夫。

吉田所長と伊崎は同い年で「伊崎」「吉やん」と呼び合う親しい仲でした。

地震により原子炉は緊急停止、DG(非常用ディーゼル発電機)で電源供給しつつ、計器を測定しながら操作・確認していた最中、11mを超える津波が原子炉を飲み込みます。

浸水により全電源を喪失した福島第一原発。

核燃料の暴走を食い止めなければチェルノブイリの10倍の甚大な事故を引き起こす可能性がある中、すべての作業を「人力」で行い日本壊滅を食い止めた現場のリアルな姿とは?!

「Fukushima 50」のあらすじ(ネタバレあり)

fukushima50 画像 佐藤浩市 あらすじ
画像出典:https://www.youtube.com/

2013年惜しまれつつ亡くなった吉田昌郎所長ですが、病床で当時のことを振り返ったとき、

飛行機を計器が全部消えた状態で操縦しろと言われているようなもんですから。

もう最悪のことを考えないといけない。

と語られています。

事故当時稼働していた原子炉は1~3号機。

中操の窓のない真っ暗な停電した部屋で「1号SBO!2号SBO!」叫ぶ作業員。

SBO=ステーション・ブラックアウト(全交流電源喪失)。

電源を失うということは、原子炉をまったく冷やせないことを意味します。

つまりSBOすれば水に浸かっている核燃料はいずれ空焚きとなり、容器を突き破って融解(メルトダウン)…最悪、爆発して大量の放射能をまき散らし、東日本一帯は放射能汚染で誰も住めない死の国になることを意味します。

3号4号もSBOとなり、これは「原子力災害対策特別措置法第10条」に該当する緊急事態であり、吉田は大慌てで東京にある東京電力本店に、

1F、ステーション・ブラックアウト。

1F、原災法10条を宣言します!

と報告(1F=イチエフ/福島第一原発)。

本店はすぐさま「緊急時対策本部」を設置します。

「Fukushima50」は東電本店と菅首相へのディスりが役者の演技からしてかなり目立たせられていますね…。

たいていの映画は起承転結の「転」でドキドキハラハラがやってくるものですが、「Fukushima50」は開始30分頃からラストまでずっとドキドキハラハラ…心臓をぎゅぅぅと締め付けられるようなストーリーがどんどん展開していきます。

しかしこのときまだ中操はなぜ「SBO」の状態になったかはわかっておらず、命がらがら駆け込んできたずぶ濡れの作業員が「やばいです!津波です!」と報告したことから、建屋内に水が入って電源が水没してSBOが起きたと発覚。

吉田「とにかく電源だ、本店に電源車要請しろ。それと…消防車だな」

作業員「消防車何に使うんですか?」

吉田「バカ野郎!原子炉を冷やすんだよ!電源がなけりゃポンプも動かんだろ!」

原発事故の最悪を食い止めるには、とにかく中の核燃料を「冷やす」

中操は冷却はおろか、原子炉の状態さえ確認できない状態でありながら、当直長の伊崎は2人1組で消火用の配管ラインを開けることを指示。

このまま電源が復旧しなければ、いずれ原子炉の水が干上がり、から焚きになる。

そうなったら燃料が溶け出すのは時間の問題だ。

溶けた燃料は格納容器を突き破り、外に出る。

放射能をまき散らし、みんな被ばくして一貫の終わりだ。

そうならないためには原子炉に水を入れて冷やすしかない。

消火用の配管ラインのバルブを開けて水を送り込む。

「メルトダウン…」と呟く作業員。

本来ならスイッチ1つでできることをすべて「人力」の手動で行わなければいけない絶望的状況となったイチエフ。

配管ラインのバルブを開けるために、ヘッドライトと懐中電灯を頼りに防護服で原子炉建屋に突入する作業員ですが、建屋に入る2重扉付近ですでに線量は毎時1.2ミリシーベルト(一般人の年間被ばく限度を1時間で超える量)。

注水量調節弁を開けることには成功して戻ってくるものの、「1号建屋、なんかおかしいど!」と原子炉の異変に気付きます。

一方、すでに東日本壊滅という最悪の自体を想定しながら、現場を統括・指揮する吉田は、本店や官邸の足の引っ張り具合にイライラ。

冷却のため、東電にあった消防車のほか自衛隊にも消防車を要請、総務班は即席で作業員らの車からバッテリーを確保します。

福島第一原発というと、私もそうだったのですが、どうしても吉田所長と東電の幹部ばかりに目が行ってしまい、なんとなく「スペシャリスト」という視線を送ってしまいがちだったのですが、現実はそこで働く作業員のほぼ全員、そして駆けつけた郡山駐屯地の自衛隊員のほとんどが「地元、福島の人」なんですね。

つまり彼らも地元に家族がおり、自分も家族も被災した悲惨な状況で、不安で胸がつぶれそうな中、不眠不休で日本を守るために闘ってくれた「一般の人」だったのです。

地震発生から約5時間後の午後8時ころ、首相官邸の記者会見場にて、官房長官が(当時は枝野さん)、

本日16時36分、東電福島第一原子力発電所において、原子力災害特別措置法第15条1項・2項に該当する事象が発生し・・・(中略)「原子力緊急事態宣言」が発せられました。

このセリフを聞いてドキッと思うのが「緊張事態宣言」という昨今のコロナ禍に通ずる言葉。

「緊急事態宣言」という言葉を聞くなんて、少なくとも私はこのときぶりです。

私たちは311からの連続世界を生きている…今起きようとしている世界の変化や価値の転換はすでにここから始まっていたのではないかと感じずにはいられません。

記者の中で1人不安そうに眺めるのは、福島のローカル新聞「福島民友」の記者(ダンカン)。

一方、福島ではついに半径2㎞圏内避難指示が出され、住民は「原発で何があったの?」「わかんね」と困惑の中、着の身着のまま避難を開始します。

諸外国でも日本の大地震、福島第一原発のニュースは速報で報道され、アメリカ大使館の駐日大使も「原発事故は日本で対処できる範疇を超えている。米軍も何かすべきではないか?」と大統領(当時はオバマ)に打診していました。

私も当時は通勤中にBCCやCNNなど外国のラジオ番組を聞いていたのですが、震災を1か月過ぎてもなお日本のニュースと言えば真っ先に「Fukushima Nuclear power plant(福島原子力発電所)」であり、『外国にとっては津波より原発なんだなぁ…』と気持ちに温度差があったのを思い出しますね。

イチエフに本店が用意した電源車が到着して「これで電源復活できる!」と喜んだのも束の間、電圧が低電圧でハマらなく、吉田は本店に「こんなこともわからないのか!」と不満を爆発させる中、作業員からかき集めた車のバッテリーを建屋に接続。

格納容器の圧力計は一時的に回復、1号機の圧は600キロパスカルでした(通常の1.5倍)。

伊崎「いつ格納容器が壊れてもおかしくない、ベントしかねーのか…」

吉田「1号、圧下げよう、ベントの準備」

ベントはこの映画最大のアクションシーン。

  • ベント:格納容器内部の圧力を抜くための作業で、放射性物質を含んだ蒸気を水にくぐらせ、大半を取り除いてから大気中に放出すること。

現場で世界初となるベントの準備が話し合われているものの、ついに町に放射能を含んだ大気を飛散させてしまうのですから、高線量の中での作業員のリスク、住民の避難も最優先に考慮しなければいけません。

同じころ、官邸でも官房長官に対して東電社員がベントの説明を行っていました。

水をくぐって外に出すので放射線量は1000分の1になるだろうということ、もし格納容器が爆発すればもっと大変なことになること。

ベントを人力で行うことがどれほど危険なことかを知りつつ、吉田は意を徹して伊崎に電話をします。

伊崎・・・頼むわ。

ベント行くメンバー、決めてくれ。

これが予告編で神妙に吉田昌郎が伊崎に伝えていた言葉。

そして伊崎は中操メンバーに指示。

1号のベントやります。

近隣に放射能をまくことになる。

ベントへ行くメンバーを決める。

言うまでもないが建屋内は真っ暗で、ロクに状況もわからない。

線量も高い。

若手を行かせるわけにはいかない。

それでも行けるというものは、まず手を挙げてくれ。

「俺も行きます!」「僕も!」とみんなが挙手するシーンは胸が熱くなりますね、こうして国は守られたのだと…。

しかし人選として若手ではなく、現場を熟知したベテランに任せることとなり、これがのち吉田所長から「じじいの決死隊」と言われることとなります。

避難区域はさらに拡大、10キロ圏内避難指示が出て、住民の不安な声にも「わかりません!とにかく乗りましょう!」と町役場職員が誘導、富岡町に住んでいた伊崎の家族も避難することになります。

伊崎は4人家族で妻、24歳の娘、そして同じく原発で働いていた伊崎の父と一緒に住んでおり、遠くの避難所へ逃げることになりました。

中操はベントのメンバー3組6人が決まり、ベント弁の位置を図面から確認、あとはGOサインを待つだけの段階で、あの首相の嵐のような原発訪問がやってきて待機を食らいます。

このときの本店と吉田所長の会話のズレが、情けなくなるほど滑稽なので、長いですが書いておきます。

本店「総理がそちらに視察に行きます」

吉田「総理が、これからですか?本店さん、それちょっと勘弁してくんないかな。現場にそんな余裕ありませんよ」

本店「すいません、決定事項ですから。何とかお願いします」

吉田「わかりました、その代わりマスクは用意してくださいよ。総理1個くらい」

本店「それは現場でお願いします」

吉田「現場はとっかえひっかえしながらなんとかやりくりしてるんです!とてもそんな余裕ありませんよ!」

本店「こっちはそんな余裕ありませんよ」

吉田「ふざけんなー!!俺たちに死ねってのか!本店にないなら工夫してくださいよ。こっちはそれどころじゃねんだよ!」

本店「吉田君、少しは言うことを聞きなさい」

吉田「とりあえず、ベントは総理の視察が終わるまで待てばいいんですね」

こういうときセレブの訪問って本当に邪魔なんだよなぁ…。

私も宮城に入った後、1週間ほどして我らが団体のスポークスマンが視察に来ると言い出し、「なんで今来るんだよ、邪魔なだけだよ」と全員同じように苛立って、医療スタッフらも「ご案内」のために活動を妨げられることが本当に大ブーイングでしたね…。

しかもこういうスポークスマンって、最も被害がひどい地域に行って「やってます」的な写真撮りたいだけだからなぁ…被災した方々が主役であって、あんたが主役じゃねっつの。

ヘリコプターの中で東電の武藤副社長扮する幹部から「ベント」の説明を受けた首相は、現場に着くや否や、着替えも放射線汚染チェックもパスしてズケズケ踏み込み、「とにかく早くベントをやってくれ!」と吉田所長に一言。

そこは歯に衣着せぬ物言いで、菅総理に理詰めで対抗できた吉田さん。

もちろんです、決死隊を作ってやってますから。

決死隊=死を覚悟して任務に臨む部隊やチームのこと。

菅首相はのちの原作のインタビューで、なぜ福島第一原発の訪問をしたかについて『それまできちんと説明できる人がいなかった。吉田さんだけができた』と語っておられます。

同じ東工大出身の2人…正直この菅さんの発言は、菅さんにとっては真実ではないのかと感じます。

また、後に食道がん発症で現場を退いた病床の吉田所長に対して、事故当時首相補佐官だった細田さんがお見舞いに行ったとき、

「あのときベントが遅れたのは、菅さんが行ったからでしょうか?もしそうなら、はっきりそうおっしゃってください」

と尋ねたそうですが、そのことに関して吉田さんは「それは絶対にありません。住民避難も終わっていなかったのですから、絶対にありませんよ」と答えられたそう。

真偽はともかく、そういった物言い1つにも吉田さんの人となりが伺えますね。

そして3月12日AM9:04、ようやくベントのGOサインが出されました。

酸素ボンベの耐久時間は20分、線量が100になったら帰ってくることをルールに命懸けで原子炉建屋内に入って行く作業員。

このシーンは酸素マスクのシューシューという音が聞こえこちらまで震えあがるような臨場感があります。

20分ギリギリで帰ってきた作業員の被ばく線量は、たった20分で20~25ミリシーベルト

2番目の2人の隊員が出発しますが、今度はより炉心に近いベント弁を開けねばならず、そこは長靴がベトリと床に溶け着くほどの高い線量の場所。

ベント弁まであと30mのところで線量計は針が振り切って1000ミリシーベルトのアラームが鳴り、「戻りましょう!」「行かなきゃダメだ!」「これ以上は危ない!!」と引き返さざるを得ませんでした。

「ダメでした、すいません!!」と中操で無念さを嘆く彼らは、89~95ミリシーベルトの被ばく量…緊急時の最大被ばく量が100なので、もはや線量が高くて建屋内には入れないことを意味します。

中操は独自に「別のルートから迂回して行く方法」を考え、ヘルプにやってきた5・6号機の作業員も交えて人選が決められていきました。

しかしこの2人が再度ベントに出発した直後、外の排気筒から煙の発生を確認した吉田が「中止だ!」と引き返しを命令。

すでに出発した作業員2人は今まさに原子炉建屋の扉を開けようとしており、別の作業員が防護服もなく駆け付けて「アイツらを止めろ!」と引き返させます。

しかしすぐにその発煙の情報は覆り、

吉田「ベントのコンプレッサーの煙だ」

伊崎「だったら先に言えよ!俺たちを殺す気か!こっちは体張ってんだよ!」

このとき吉田は独自に外からコンプレッサーを接続して空気を送り込む「遠隔でのベント」に成功していたのでした。

そしてベントを行うと排気筒から蒸気が出るのです。

あの凄絶な状況の中で中操への連絡が抜けてしまい、このことで吉田と伊崎のチームワークにも亀裂が入ります…。

メルトダウンが始まっていることが頭をよぎる中、中操である若手作業員が一言、

俺たちがここにいる意味ってあるんっすかね?

こんなとこにいたら無駄死になんですよ!

この発言がきっかけで中操内は大喧嘩が勃発、伊崎はリーダーとしてこのようにたしなめます。

今避難をしている人たちは、ここにいる俺たちに「なんとかしてほしい」という想いをこめて、自分たちの家に背中を向けたんじゃないのか。

俺はここで生まれてここで育った。

何が何でも守りたいんだ。

みんなの家族だっているだろ、俺の家族もいる。

最後に何とかしなきゃいけないのは、現場にいる俺たちだ。

故郷を守るのは、俺たちの手にかかってるんだよ!

だから俺はここを出るわけには行けない。

計器1つ見るだけでも、ここにいる意味はある。

そして12日PM3:36、1号機爆発。

避難所でテレビ中継を観ていた伊崎の家族は青冷めます…。

中操も天井が吹っ飛び、頼みの綱だった電源車のケーブルも瓦礫で破損、また1からやり直しです。

ここで伊崎は大きな決断、中操から若手は退避させてベテランのみ残します。

免震棟では神棚に向かい祈る吉田の姿があり、そして今度は注水用の水がなくなるトラブル発生…吉田はあの海水注水を開始します。

1号機に続いて危機に陥ったのは3号機。

避難区域はさらに拡大され20km圏内に避難指示が出されます。

吉田は中操の伊崎に、

3号線量が高まり爆発の恐れ、屋外作業はすべて中止。

中操もデータ収集の人員を残して免震棟へ。

中操も今後交代制とする。

と指示。

1日半ぶりに中操を出て免震棟に戻ってきた作業員に「ごくろうさん」「ベント大変やったね」「ゆっくり休んでくれ」とねぎらう吉田。

しかし翌日には更なる危機が待っていました。もう危機・危機・危機の連続です。

「2号機、3号機の作業を再開しろ」と本店から指示が出されたのですが、高線量で危険が高まる中「線量上がってきていつ爆発するかわからない、こんなときに行かせられない!」と本店に抵抗する吉田。

ところが「余計なこと言わずにやれ、こっちで全部責任取るから」との本店と板挟みになった吉田は、現場に作業員を出してしまったのです。

その直後14日AM11:01、3号機爆発。

今度は行方不明40名…帰ってきた作業員は「所長!どういうことですか!」「安定したって言ったじゃないですか!」「死ぬとこだったんですよ!」と恨み節をぶつけます。

伊崎は危険を顧みず、免震棟から中操に残った作業員を助けに駆け付けていきました。

―—残るは2号機、この地震発生から88時間後の2号機爆発の危機が、現場の最悪の死を覚悟した最も緊迫した瞬間と言われています。

もし2号機も爆発し、放射能の暴走を止められなくなると福島第二原発と合わせてチェルノブイリの10倍の事故を引き起こすことになるからです(1086年チェルノブイリ原発事故では4,000人死亡、移住者11万6千人)。

すでに2号機の格納容器圧力は730キロパスカルで、設計圧力の2倍。

疲労と不眠で目を開けているのも必死の吉田に、本店はさらに追い打ちをかけます…。

本店「吉田!SR弁を早く開けろ!ドライウェル・ベントを早くやれ!」

吉田「やってますよ!本店さん、ディスターブしないでください…」

ドライウェル・ベントとは「蒸気を通さず圧力を逃がす方法」で、すなわち通常のベントより高濃度の放射能を飛散する手段。

死を覚悟した吉田は、協力企業の人員に引き上げてもらうことを決意。

2号機の圧力が上がり、いよいよ爆発が起こると思われ緊張が走る中、本店「こいつら死ぬぞ」とのセリフ。

デスク下の床に、うなだれるようにあぐらをかいて座り込む吉田所長。

原作によると、吉田所長はこのとき「俺と一緒に死ぬのは誰だ…」と「自分と一緒に死んでくれる人」の面々を考えていたのだとか…。

長く一緒にやってきた人、この人なら残ってくれるだろうという人…伊崎もその1人でしょう(ただし、伊崎はモデルとなった人はいるものの実在の人物ではありません)。

この次のテレビ会議では首相も参加、首相は本店幹部に対し、

このままでは日本国が滅亡だ!撤退などありえない!

命懸けで頑張れ!

撤退したら100%東電は潰れる!

逃げてみたって逃げ切れないぞ!

60になってる幹部連中は現場行って死んだっていいんだ。

俺も行く、社長も会長も覚悟を決めてやれ!

撤退などありえない!

と怒号を上げていましたが、現場との温度差に虚しさをかかえたのか、あきれ果てたのか、なぜかテレビ会議に背を向けてズボンを降ろしてパンツを向けて履きなおした吉田所長。

この首相の発言の瞬間、とうとう爆発音がしたのです。

すぐに中操に電話した吉田が聞いた言葉とは「2号サプチャン圧力ゼロ」…格納容器が壊れ、大穴が開いたことを示唆します。

吉田は「各班、必要最小な人員を残して退避!みんな、ありがとう」と現場に残る人員をさらに最小限に。

この瞬間は「死にに行く人」を残したと言っても過言ではありません。

最小な人員と言ってもそれは任意なわけですから、吉田はこのとき「去っていく人をなるべく見ないようにした」と言います。

この14日より、首都圏では計画停電が実施。

腹減ったなぁ、何か食うか!

吉田は開き直ったかのようにそんな発言をし、現場作業員たちと非常食をあさってようかんを食べながら鼻歌を歌い始めます。

このとき原作本では「吉田さんは死ぬ覚悟のあるメンバーだけ残したことで逆に気が楽になったのではないか?」と書かれています。

民謡のような吉田所長の鼻歌だけが響く静まり返る現場…作業員たちは自らの死を想いながら、ガランとした免震棟の中、思い思いに家族に最期のメッセージを遺していました。ーー「子供たちを頼む。俺は幸せだった」「立派な大人になれ」

伊崎は24歳の娘にメールを送信。

遥香、悪かった。

お前の人生だ。

お前の好きなように生きろ

お父さんは応援している☺

実は伊崎は娘が40歳のバツイチ子持ちの男性と結婚することに猛反対していたのです。

「お父さんが絵文字なんて…」と避難所でメールを受け取り、父が死の覚悟をしていることを察した娘はこう返信します。

お父さん、ちゃんと私の顔見て謝って。

私の花嫁姿見るまで絶対に許さない!

仮設トイレでふぅ~~とタバコを一服する吉田と伊崎。

「なんでこんなことになっちまったんだ、俺たちは何かまちがったのか…」とため息をつく伊崎に、「タバコうめぇな」とだけ言う吉田。

首相主導で「海外に日本の姿勢を見せる必要がある」と自衛隊がヘリで原子炉に水をぶっかける姿が流れますが、「ありがたいけど、蝉のしょんべんやな…」と脱力する吉田。

そんな15日、地震から4日後にやっと2号機への消防車からの注水が成功し、計測をすると350キロパスカル…ついに圧力下がって安定したのです!

歓声が上がった免震棟。――「奇跡だ…」「これで母ちゃんに会えっと」中操にいた現場作業員も喜びの笑顔で溢れかえり、テレビに映る本店や官邸の浮かれぶりを静かに見つめる吉田がいました。

家族のいる避難所に帰ってきた伊崎。

久しぶりの家族との再会に喜ぶものの、まずは避難所にいた住民に「富岡町を住めない町にして申し訳ありません」と謝罪します。

伊崎の父は、帰ってきた息子の元気な姿を見て「生ぎでいた…」と片麻痺の口を必死で動かして涙ぐむのです。

ーーー時は流れ2014年春。

帰宅困難区域となった富岡町へ車を走らせた伊崎。

伊崎は2013年亡くなった吉田昌郎のことを回想していました。

2010年6月に福島第一原発に所長として赴任してきた吉田。

イチエフへの赴任が初めてではない吉田と、「また一緒にやれるな」「頼むで~!」と会話したことを思い出します。

吉田はあの事故から8か月後に病魔に倒れ、ついにイチエフを退くことになったのです。

そして病床で伊崎に1通の手紙を遺していました。

伊崎、お前にはもう会えないかもしれないから手紙を書くことにした。

早いもので、あの事故から2年が経った。

お互い、大変な経験をしたな。

もう日本は終わりだと思った。

あとは神様仏様に任せるしかない、俺もここで死ぬんだなと腹をくくった。

事故が起きたら最初に死ぬのは、誰でもない、発電所の人間だ。

だけど、死んでしまったら事故の収拾がつかない。

現場の人間の命を守れずに、地元の人の命を守れるわけがない。

「俺たちは何か間違ったのか」とお前は言ったな。

今になって、ようやくその答えが見えてきたような気がするよ。

俺たちは自然の力を舐めていたんだ。

10m以上の津波は来ないと、ずっと思い込んでいた、確かな根拠もなく。

イチエフが出来てから40年以上も、自然を支配したつもりになっていた。慢心だ。

伊崎、あのときお前がいてくれて本当によかった。

状況がさらに悪くなったら、最後は全員退避させ、お前と2人で残ろうと決めていた。

お前だけは、俺と一緒に死んでくれると思ってたんだ。

そして吉田昌郎所長が亡くなったとき、「お別れの会」で伊崎は吉田の遺影に向かってマイクでこう話すのでした。

約束するよ、よしやん。

あのときイチエフで起きたことは、必ず後世に語り継いでいく。

それがあの現場にいた、俺たちの使命だ。

そして最後テロップで「海外メディアは暴走する原子炉と命懸けで戦った人々をFukushima50(フクシマフィフティ)と名付けた。」と流れます。

3.「Fukushima 50」の見どころ

fukishima50 画像3 菅 首相
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続いて「Fukushima50」の見どころを紹介します。

個人的には映画のあらすじを理解するだけで、もう見どころはそれぞれの人が十分に達成していると思います。

「この映画に何かを思う」、その体験を作り手が与えることこそ、この映画の社会貢献だと感じます。

他人のレビューは無視!「観るだけ」で体験になる名作

作りがイマイチの映画には「あえてこう見ると面白いよ」という補足説明が必要で、実際私はこのエンタメブリッジサイトにてそういった観方の工夫を促す記事をを何十本も書いてきたと思います。

「Fukushima50」には正直、見どころ解説など不要です。

世界のケン・ワタナベに佐藤浩市コンビの名演技は言うまでもありませんが、映像もストーリーも音楽まで他人が口をはさむほど陳腐な映画ではない…映画としては素晴らしい名作です。

だから私はこの映画のレビューなど読んでいただく必要はなく、「ただ観る」それだけでいい、それだけで十分な体験をしていると思います。

観るだけで必ずあなたは何かを感じ、情動を揺さぶられ、自分なりにモヤモヤした感情も持つことでしょう。

そのすべてが「Fukushima50」を観ることの「体験」です。

そしてこの体験の提供こそが「Fukushima50」がリリースされることの意義、社会貢献力なのだと思います。

便宜上ここに自分のレビューを書きますけど、私の評価やウンチクなど正直すっ飛ばしてただ映画を観てほしいです。

それで十分だと言える映画に出会ったのはここ数年で本当に久しぶりだと思います。

「原発は是か非か」を問う映画ではない

fukishima50 画像 原発 あらすじ
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言わずもがな、本作は「原発は是か非か」といった議論をするために作られたわけ映画ではありません。

むしろ、そういった100:0の議論が巻き起こりやすい世界観の中で「そういう人もいる」という個人のあり方や心情に目を向けるべき映画です。

すなわちそれは吉田昌郎所長を筆頭に、1人1人の心情やバックグラウンドにスポットが当たる伊崎や作業員たちのことです。

例えば数年前セクシー女優の蒼井そらが出産したとき、同じように「セクシー女優が子供を持つのは是か非か」という議論が巻き起こり、「セクシー女優は出産するだけで虐待だ」とまで言うバッシングがありましたが、蒼井そらが一貫して訴え続けていたのは「そういう人もいる」という目線で見てほしいということでした。

「Fukushima50」も同じで、「そういう人もいる」ということをただ知る映画なのです。

「大きなくくりによって振り分けられる是非の議論をする」よりも前に知るべきは、その人の当事者性の思いや価値観、生き方なのです。

結果的に歴史を変えてきたのはそうした当事者個人の声ですし、100:0の議論だけすることは、しばしば物事の本質を見えなくしてしまいます。

だから「はだしのゲン」みたいな子供目線で戦争体験を描いた漫画は絶対に必要だし、原発問題も最悪の事態を実際に経験した当事者の思いや行動をまず知ることが必要です。

311から、特に国政選挙では政治家の公約に「原発再稼働問題」が必ず入る時代となりました。

ゆえに原発文献は学術的で難しいものも増えていますが、私は絶対に自分の子供には、人情に重点を置いたこの「Fukushima50」は観させたいと思いますね。

フィクションだから実際はもっと泥臭く過酷だったことは言うまでもない、と前置きしたうえで、原発を保有することのデメリットから私たちは目を背けてはいけません。

コロナ禍で「現場」にいるのはすべての人間である

私はこの映画を観終えたとき、

「おい、お前たちは現場を生きているか?」

と徹頭徹尾現場を貫いた吉田昌郎という人物から、そんな質問を投げかけられた気がしました。

今私が何の現場にいるかは簡単に答えることができます——コロナウィルスです。

「Fukushima50」は50人と象徴的に人数をひとくくりに語りますが、実はそれぞれに与えられた役割は違うし、吉田さんだけが偉いのではありません。

中操に残った作業員、助言を与えるベテラン職員、仮設トイレの掃除をする女性、そのすべての人が「現場」に立っていたのです。

もちろん、すべての人員を掌握して命を預かりつつ指示を出し続けた吉田昌郎という人の「現場の中の現場」という感触はぬぐいきれません。

私たちは今2011年以来の国難に立っているでしょう。

最近になってようやく医療従事者への感謝に、東京タワーの色を変えたり、メディアが拍手やチャリティーを行ったりしていますが、やらないよりマシですけど、私にしてみれば遅すぎです。

こんなに医療がひっ迫するまで私たちは何も気づかず、のうのうと暮らしていたのでしょうか?

コロナウィルスでイチエフのように最前線にいる人とは誰でしょうか。

医療従事者?患者?いや、これはもう日本という国土に住む全員じゃないかな。

「STAY HOME」をやり続けるのは楽ではありませんが、私たちは現場に立つ者として「今しかできないこと」「今だからこそできること」をやっているでしょうか?

「Fukushima50」はどんな苦境であろうがいずれ終息を迎えることを教えてくれます。

苦境にいるうちは、これが永遠に続くのではないかと必要以上に恐れてしまうものですが、私たちは途方もない311の甚大な被害を1つ1つ乗り越えてきたのです。

吉田所長の感服するところは、あの急性期の爆発を繰り返す原発の中で、誰1人の部下も死なせなかったこと。

おい、お前たちは現場を生きているか?

再び、この言葉が眼前に迫ってきます。

「自然を甘く見ていた」吉田所長の言葉

「想定外」のことが起きるから事故になるのであって、すべてのことが人間の「想定内」でおさまると思うのは傲慢。

これが本作で回収される結論ですが、これも昨今のコロナ禍と通じる気がします。

「武漢で新型コロナウィルスが発見された」と第一報の報道を見たとき、私は人間というのはなんと傲慢な生き物かと思いました。

まずウィルスに「新型」と仰々しく呼んでいることに思ったのですが、この世に存在するすべての生物、細菌やウィルスも含めてすべて人類が掌握しているとでも思っているのでしょうか?

私たちなど地球にとっては「虫の目」です。

知らないことなんて山ほどある、あって当たり前です。

にもかかわらず私たちは新型のウィルスに仰々しく驚き、結果的にそんな小さなウィルスに弄ばれるかのようにあれよあれよの間に緊急事態となり、自宅謹慎を強いられ「早く元の生活に戻りたいね」と話していますよ。

一方そんな人間の危機感を尻目に、環境はどんどんクリーンになっています。

イタリアの「水の都」ベネチアでは船の往来が激減して運河の底が見えるようになり、大気汚染が進む中国やイランでも排ガスが激減して空が澄んで見えるようになりました。

確かに私のマンションから見える木々も、車の往来の減少から排ガスが激減して「は~これで呼吸ができる!」と若葉が青々と喜んでいるようです。

こういった自然環境にそっと沿うように生きてきたのが人間であるはずなのに、いつの間にか立場は逆転してしまいました。

「Fukushima50」は東京都調布市に福島第一原発を模倣した莫大なセットを建造して撮影されたそう。

製作には莫大な費用がかかったはずですが、公開すぐのコロナ禍で果たして興行収入が回収できるのか私にはわかりません。

奇しくも「想定外で起こるから『事故』なのだ」という原発事故のメッセージと同じことが映画公開と同タイミングで起きていることもまた我々の「侮り」と思うしかありません。

ただし、コロナが終息しようがしまいが「いつまでも残る、残ってほしい作品」がこの「Fukushima50」だと個人的には思っています。

「Fukushima50」と米軍の「トモダチ」の意味

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画像出典:https://www.youtube.com/

エンドロールで流れますが、本作は2020年「復興五輪」と銘打たれていた「2020年東京オリンピック・パラリンピック」の開催を控えてた作品として撮影されました。

邦画史上、初めて米軍の協力を得て撮影された作品です。

2018年秋からクランクイン、世界何か国での上映を予定していたのかわかりませんが、コロナのパンデミックがなければ外国での大規模上映が予定されていたことは、映画内の海外ニュース速報やアメリカ大使館、米軍のやや不自然な入れ込み方、そして公開後のプレスリリースからもわかります。

今回あらすじでは割愛しましたが、実は福島第一原発1号機とはアメリカGE社が作ったもの(2号はGE社と東芝の合作、3号は東芝のみ)。

劇中ではその原発そのものを作ったGE社のアメリカ人の子供が、少年時代の伊崎ら福島の子供たちと遊びまわるシーンがあり、そのアメリカ少年は成人後は駐日米軍となります。

そしてその彼が米軍の指揮官の立場となったときに311が起こり、少年時代の記憶に後押しされ「トモダチ」と名付けた作戦で原発事故対応の支援を決断するのです(水など物資の提供など)。

私はこのシーンを見ながら、自分も震災後支援部隊として宮城に滞在していたとき、1日2か所の避難所を回る毎日の中、どの避難所でも必ず出会っていた米軍のことを思い出していました。

同じ支援者という立場から、そのときの私が米軍に感じていた気持ちも「トモダチ」でした…。

米軍の1人と「ここで何してるの?」と聞き合うこともあり、ある避難所では「お風呂を作っているんだよ」とエアポンプ型の簡易風呂場の提供をしていると説明してくれ、別の避難所ではタバコを1本くれ、また別の避難所では「避難所の子供とダンスをする」という日本人なら絶対発想のない遊び方で子供たちをぎゅう詰めの体育館から駐車場へ解放し、ダンスで湧かせていました。

米軍も「是非」で語られやすい存在ですが、個人と個人という関係性の視点で見るとやはりそこに是も非もありません。

あるのはその個人と個人が作った世界だけ。ーーこの世界を「絆」、またの名を「トモダチ」というのかもしれません。

「生と死」に並々ならぬ関心を寄せた吉田昌郎

東工大で機械物理学科を卒業し、大学院で原子核工学を専攻した吉田昌郎は、通産省の内定を蹴って、「原子力を規制する側」ではなく「実際に運転・制御する側」の東京電力に就職します。

その吉田昌郎には意外な一面がありました。

お寺巡りが好きで、思春期には般若心経をそらんじ、若いころから宗教書を読み漁って、座右の書は禅宗の道元が執筆した「正法眼蔵」だったという吉田昌郎。

「生と死」に深い関心を持ち、奥さんに言わせれば死について「死ぬときはしゃあない」と達観しているようなところがあったと言います。

そんな吉田が事件後福島で開かれたシンポジウムで、現場に入っていく部下たちのことを、

昔から読んでいる法華経に登場する、地面から湧いて出る地涌菩薩(じゆぼさつ)

と例えていました。

吉田さんのいう菩薩とは「法華経の真理を説くためにお釈迦様から託されて、大地の底から湧き出た無数の菩薩の姿」を言っているのでしょうが、それは疲労困憊して現場から戻ってきた部下たちが、事態終息のため再び立ち向かっていく姿のことをなぞらえて言っているのでしょう。

映画の中で吉田氏が宗教性を見せる場面は、1号機爆発後、ベテランを残して若手を退避させたとき、じーっと免震棟にある地元の神社のお札が飾られた神棚を眺める1コマ。

そんな吉田が福島第一原発の所長に着任してわずか半年であの事故が起きたことを「運命」と呼ぶ人もいます。

少なくとも「死ぬのが怖い」「お命大事」とビビる現場指揮者であれば東電撤退という可能性もなくはなかったでしょう。

本作に関して「原発事故を美化している」との批判があるようですが、それはその人固有の体験なので少なくとも私の体験ではないし、これから鑑賞される方も気にする必要はないと思います。

皆それぞれ映画を観ることの体験は異なってよいはずです。

なぜなら、皆違う「現場」に立っているからです。

4.「Fukushima 50」ライターしおりの視点

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画像出典:https://www.youtube.com/

さて、次の項目では私が個人的に原発事故や新型コロナウィルスのパンデミックの中で感じたことを書いてみたいと思います。

21世紀の”共通の時代経験”の獲得

20世紀、第二次世界大戦が終結した後は、ある意味日本は全国民が共通の出来事を経験することが失われました。

それまでは戦争だけでなく政治、社会など全国民が共通に体験する出来事が当たり前のようにあったんですね。

そして戦後復興の高度経済成長を経て「夢は念願のマイホーム」という全国民が夢見る共通の目標がバブル崩壊で失われてから、とうとう私たちは、それぞれにSBOしてしまったのです。

つまり、そこから生まれたのは「欧米を取り入れた日本的な個人主義の誕生」です。

私たちは個々人でそれぞれ夢や目標を見つけねばならず、国民としての連帯感は失われ、だけど同調圧力の見張りはあるので一定の緊張感と管理社会の中で「大人になる」という作業をするのですが、これが非常に困難となったのです。

そのうち生きることに虚しさや難しさのほうがどんどん浮き彫りになっていき、人は食べたり寝たりといった生物として当たり前のことができなくなってしまいました。

そんな中2011年の東日本大震災が起き、2020年のコロナウィルス騒ぎが起きます。

もちろんこんな災害やパンデミックは起こらないほうがいいに越していますが、物事には両面があり、この21世紀に私たちは久しぶりに「国難」という全国民が等しく経験する事態を体験をしたのではないでしょうか。

今私たちは新型コロナウィルスの「全世界的困難」にぶつかっており、これも「ないに越したことはない」のですが、それでも全員が同じ経験をしている共通性にはどこか懐かしさを覚えます。

コロナ禍にあって「早く終息するといいね」と言いつつ、今私は自分の心に正直になってみると、以前の生活よりある面では気が楽。

なぜかってコロナ前には1人1人に激しい落差と格差があって、それは私と夫の関係でも如実に出ていて、仕事も収入も違えば会う人も時間感覚も全く違う…その中でどうにか2人の関係を擦り合わせて生きていたんですよね。

夫婦ほど近しい関係でも「時間」も「世界」もほとんど共有していないんだから、他の人間関係はなおさらです。

ママ友だってコロナ禍前は、職業や子の年齢によってさえどこか差を考慮した付き合いに気を遣っていたし、親しい友人だって会うときは住んでいる所や収入による「差」を必ず意識しなければ生活できませんでした。

それが今やどうでしょう、みんな家にいて、同じことをしていて、同じものに怯え暮らしています。

もう少し突っ込んで言うならば、これまでの生活は人と人との間に存在する「アンフェア=不平等性」が前提だったのです。

乙武洋匡さんが自身のSNSで、「これまで障害者が何度叫んでも実現しなかったこと、例えば仕事のリモートワーク、学校のオンライン授業、ライブなど娯楽のオンライン配信が、多数派が危機に陥ったことでようやく実現した」と書いてらっしゃいましたが、私たちは今まさに「フェア」という価値への転換に向けて是正のプロセスのど真ん中にいると言えるのではないでしょうか。

確かにうちの子供も今学校に満足に通えていませんし、夫もテレワークとなりこの先教育や経済がどう進行するのかわかりません。

ただ、ものすごく「世界」も「時間」も共有しています。

私にとっては保育園のときにあった煩わしい送り迎えもないし、PTAもないし、みんな等しく家にいるしかない状況はある意味楽ちんなんです。

「早く元の生活に戻りたい」と呟いてはみるものの、コロナ禍がおさまって以前の生活にそっくりそのまま戻ったところで、あんまり心地いい暮らしが戻ってこないのはなんとなく想像できます。

乙武さんの障害者のライフスタイルの例にあるように、私たちは等しく時代経験を経ることで、同様に直すべきところは直していく良い機会を与えられているのではないでしょうか。

コロナウィルスが「人口が多い」「経済成長がすごい」という中国から発生したことは大変象徴的で、そうした価値はこれまでは賞賛に値することでしたよね。

しかしすでにアメリカがそんな中国をつつくような攻撃姿勢を取っていて(ウィルスは武漢のウィルス研究所から流出したなど)、これも非常に象徴的なのですが、もう「今まで素晴らしい」と思っていた価値観のズレがじわじわと正されていることは始まっているのです。

私たちは「みんな同じことをする」ことでだんだん我慢から解放され、命を守ることを最優先に考える中で、より心地のいいフェアな生活を構築しつつあるんですよね。

全国民が共通の体験をすることで、私たちは「人間として、国として、社会の構成員として」、少しずつ全体を「本当に心地いいこと」に成長させていく好機を与えられているのでしょう。

特に日本人は「ギリギリまで我慢する」というMな国民性がありますので、今、その手枷足枷をようやくはずしてようやく政治の不満に本気で声を上げ、人間らしいもっともな生活ができる手段を模索しているように思います。

5.「Fukushima 50」をオススメしたい人

fukishima50 画像 あらすじ レビュー
画像出典:https://www.youtube.com/

最後に「Fukushima50」をオススメしたいのは以下のような方です。

原発用語を知らなくても、流れの中で解説してくれますし、臨場感は本当に強く伝わってくる映画なので、あまり原発のことを知らないという方にもオススメです。

福島第一原発事故を知らない世代

福島第一原発事故を知らない世代にはぜひオススメします。

是か非かの意見を持つ前に、まず「福島第一原発事故とはどんなことが起きたことなのか?」という事象を知るうえで本作はとても役に立ちます。

私も事故当時、宮城に駐在しほぼ情報の遮断された中で過ごしていましたので、福島で起きていたことはきちんと知りませんでした。

このときもし格納容器ごと吹っ飛ぶような大事故がイチエフで起きていたら、仙台にいた私が地元まで帰ってこれたかもわからないと思うとゾッとします。

冒頭、子供は私にこの映画に関して様々な疑問を投げかけてきましたが、「そういう国難があった」ということを知ることにきっと役に立つでしょう。

コロナの終息に不安を抱えている人

新型コロナウィルスの今起きている状況が不安でたまらない人にはオススメです。

私自身も長引くコロナ禍のなかで「いつ終息するんだろうな」と不安やストレスを感じることもあります。

一見関係なさそうな「Fukushima50」を観たとき、「ああそうだ、私たちはこの壊滅的な国難を乗り越えたのだった」という自負が湧いてきました。

311のときも「日本はどうなるんだろう」と都心から自宅まで5時間も歩いて帰りながら、不安のドン底に突き落とされましたからね。

そして1つ1つの課題を乗り越えながら、私たちは「復興」という道のりを1歩ずつ歩み、本当に「いつか終わった」のです(もちろん終わっていないこともたくさんありますが、それでも急性期を乗り越えてきたのです)。

人は困難の真っ只中にいるとき、それが永遠に続くように感じますが、いつか終わります。

不思議とその安心を与えてくれるのが「Fukushima50」です。

日本にいる男性全員

日本にいる男性にすべてにオススメです。

もともと題材からして男性的な映画ですし、キャストも安田成美以外はほぼ全員男性で、男臭い映画です。

男性は仕事に対して何か1つの人生テーマを持っているように個人的には感じていますが、それぞれの持ち場でいいから「あなたたちこれくらいやりなさいよ」と女性目線では思わされる映画ですね。

というかこれくらい真剣に物事と向き合わないことには「本当に生きた」と言えないのではないでしょうか。

それは別に成果を出すとか、金持ちになるとかそんな短絡的なことではなく「テーマに対して向き合う姿勢」、この芯が1本貫いているかいないかです。

でないと極論、なんとなく生きて、そして生きていてもつまらないんじゃないだろうか…そう思わされる映画ですし、そんな美学を突き付けてくる映画です。

あなたのテーマはなんでしょうか?

それがあなたの「現場」です。

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