【エヴァ】歴史研究家が考察する人類補完計画の裏メッセージ

こんにちはこがみのりです。

今回テーマとなる漫画は、
「新世紀エヴァンゲリオン」です。

1995年から6年にかけアニメで放映されていましたが、
アニメよりも漫画のほうが終わりとしてすごく美しいので、
今回は漫画の方を題材にお話をしていきます。

この「エヴァンゲリオン」の中で、
おそらく最も気になるのが、
「人類補完計画」だと思います。

今回はこの人類補完計画の裏メッセージについて、
私、こがみのりが考察した内容をお届けしていきます。

1.人類補完計画と”死海文書”の関係性とは?

NERV(ネルフ)がやっていた「人類補完計画」とは
そもそも何なのかというところを見ていきましょう。

この「人類補完計画」とは
エヴァゲリオンの中で裏死海文書を所有し、
それを基に作成した100年単位の遠大なシナリオに沿って行動するということです。

例えていうならNERV(ネルフ)というのは、
その裏死海文書に書かれていることを
そのまま現実に引き起こしていくための組織になります。

ではこの「人類補完計画」の目的とは何なのか?

端的にまとめると、
「魂と肉体を解放して全人類の進化と意識の統合を目指す」
というものです。

イメージとしては、
「アダムカドモンへの道」
という表現が一番近いかと思います。

「アダムカドモン」とは何か?

例えば、もし神様という存在がいて、
その神様が人間を最初に作るとしましょう。

人間を作る時には様々な情報が必要になります。

「アダムカドモン」というのは、
いわばその「人間を作る時に必要な最初の情報」というイメージです。

アダムが生まれ、
知恵の実を食べてしまい追放され、
どんどん人間の数が増えていく中で、
争い、憎しみ、愛などが入って
どんどん人間は進化をしていきましたが、

同時に本来あったはずの最初の情報を失っていっている(忘れていっている)のです。

なので、人類は今すごく成長していっているのものの、
もう1回スタート地点に立ち返りましょうというのが
「人類補完計画」の目的
なのです。

そして、「人類補完計画」を実行するために必要なものが、
エヴァンゲリオンとパイロットの碇シンジです。

「人類補完計画」の最後の仕上げをする時のスイッチが碇シンジという少年です。

そして、碇シンジというトリガーを引くために、
碇シンジの自我を徹底的に破壊していきました。

例えば、自分の友達を自分が殺さざるを得ない状況に必然的に追いやられたり、
実の父親からも雑に扱われていたり、
人間不信になるしかないようなことばかりが彼の周りで起こるわけです。

そもそもここで何をしたかったのか?

エヴァンゲリオンの中で
「ATフィールド」というのが出てきますが、
これは「絶対的恐怖領域」
と言われています。

2.ATフィールドと人間の意識との関係性について

言い方を変えると、
「人間ならば誰しもが持つ心の壁」
という表現をされていました。

これは、人類を含むすべての生命体が、他者を拒絶し、
自分の肉体や精神を保持するために持っている能力
です。

たとえば、
プールに水が入ってたとしたら
この大きな一つの水があります。

この中にもし水ふうせんに浮かせたら、
プールの水と水ふうせんの中の水というのは
別個のものになります。

ATフィールドというのは、
いわば、この水ふうせんのように、
中の水と外の水を完全に分けるものだと思ってください。

これをもし人間で言うのであれば、
よく氷山の絵を使って例えています。

氷山の水に浸かっていない部分が顕在意識、
浸水している部分が潜在意識、

そして海水自体が無意識を象徴しています。

本来はプールの水と同じで、
海水の水は全て共通なのですが、
氷山が一つの個体であるとしたときに、

「どこからどこまでが氷山であり、どこからどこまでが海なのか?」
という明確なラインのことを”ATフィールド”
と言います。

そして、この氷山が浮かんでたとしても
もし海の水を海音が上昇した時には
表面が溶け始めます。

この時、氷の表面の溶け始めた水は
海なのか?それとも氷なのか?

それを位置づけるものがATフィールドです。

「エヴァンゲリオン」の作中でも、
”あなたの心に触れようとする”と言うような表現がありましたが、
この”私”と思っているこの”自我”が、この個体を作っているわけです。

では、この”私”という”自我”がなくなったときどうなるのか?

エヴァンゲリオンのラストのシーンにそのヒントがあります。

ラストでは、
綾波レイがたくさん降りてきて、

「私この人と一つになりたい」

と思った人の姿に変わって現れます。

「この人と一つになりたい」と受け入れた瞬間、
自我が崩壊して全員LCLのスープになってしまった
のです。

つまり、「人間」という形を保つことができなくなってしまったということです。

最終的にはLCLの海に帰るという描き方をしていたのですが、
そもそも何でこうなったのでしょうか?

もともとこの人類補完計画の基(もと)になった
「死海文書」を振り返ってみましょう。

「死海文書」というのは
実際に1947年から56年の間にイスラエルのクムランという場所にある
11個の洞穴から発見された約800点ほどの断片的な文章類
です。

この800点ほどの文書類というのが、
じつは「旧約聖書」「新約聖書」の源流になったものでした。

そして、
基となるものを書き写して残したものがそこで発見されたのです。

写本をしていた人が誰なのかというと、
古代ユダヤ教エッセネ派の
クムラン宗団という人たちでした。

この古代ユダヤ教エッセネ派のクムラン教団というのは、
イエスキリストに洗礼を施したバプテスマのヨハネが所属していました。

そして、イエスキリストもこのクムラン教団に属していたのではないかと言われています。

このクムラン教団の共通理念というのは、
まず最初に「財産の共有」です。

”私の”お金、”あなたの”お金という区別がなく、
教団でみんなが稼いできた、もしくはいただいたお金を
全員で共有するという考え方がありました。

そして、食事に関しても同様です。

イエスキリストも「最後の晩餐」のなかで
弟子と共に全員で食事をとってましたが、

「みんなで一緒に同じ釜の飯を食べる」

という考え方が自然と浸透していました。

これが、「共同の食事」です。

所有をせずに全体で共有し、
必要なときにみんなで使うという考え方が備わっていたのです。

そして、「清貧を重んじる」

これらの3つが
エッセネ派クムラン教団の基本的な理念です。

◯古代ユダヤ教エッセネ派クムラン
・財産の共有
・共同の食事
・清貧を重んじる

続いて、死海文書について解説していきます。

3.死海文書からエヴァンゲリオンを考察

この死海文書の内容とは何かというと、
以下の8つです。

①神による天地創造
②(直線的な人類の歴史)
③終末の前兆としてさまざまな異変が起こる
④メシア来臨し、地上の悪の駆逐する(最終戦争)
⑤メシアによる地上の王国(千年王国)の樹立
⑥世界の死滅
⑦死者の復活と最後の審判
⑧彼岸における永遠の王国と新しいエルサレムの誕生

まず、簡単に説明すると、「①神による天地創造」から始まって、

次に、「②(直線的な人類の歴史)」

これは「アダム」と「イブ」から始まり、ノアが来て、
モーセの十戒があり、ダビデがいて・・・

と続きました。

その後、結局、「③終末の前兆としてさまざまな異変」が起こり、

「④メシア来臨し、地上の悪の駆逐する(最終戦争)」

その後、「⑤メシアによる地上の王国(千年王国)」を作りますが、
「⑥世界の死滅」、なんと世界は破滅してしまいます。

死海文書では人類が一旦全部、滅亡してしまうのです。

滅亡したらその後に、「⑦死者の復活と最後の審判」で、最後の審判が行われて、
生き残るべき人、生まれるべき人だけが復活して
「新しい永遠の王国に生まれ変われますよ」と、こういう思想なのです。

なので、人間が聖書通りに生きてたら

「絶対全員滅亡する、絶対に死ななくてはならない」

ということです。

死んだ後でもう1回蘇る、

まあイエスキリストが実際にやりました。

(磔(はりつけ)にあって、死んだ後に復活したという有名な話ですね)

その前にも「ラザロ」については、イエスが復活させましたけど、

実は「アヘンを使っていた」という説があります。

どういうことかといいますと、
アヘンを使ったら3日間、仮死状態になるといわれているので、

「ラザロにアヘンを飲ませて服用させたた後、
3日間死んだふりさせて、復活させたんじゃないか」

という、穿った見方です。

それはさておき、本題に戻ると、

重要なこと(必要なこと)は、

「1回死ぬこと」

なのです。

人間っていうのは死海文書の内容では、

「人間が経験するであろう、この世の中のすべての出来事が運命に従って起こる」

ということです。

それは「全部神様のシナリオに沿って起こっている」ということでありますし、

エヴァンゲリオンのテーマは「魂のルフラン」でもあります。

主題歌にもなっている、この「魂のルフラン」の”ルフラン”とは一体何なのか?というと、

「繰り返し」

を意味しているので、

魂がずっと繰り返していくということです。

つまり、「輪廻転生」を表しいるのです。

ただ同じ所をぐるぐる回るということではありません。

らせん状に上がりながら、「有」と「無」を繰り返すこと。

じゃあ、「無」とは一体何か?

それは、

「自我の崩壊」です。

「無くなる」ということは、自我の崩壊のことを表しているのです。

魂は生まれてきて、また死んでなくなって・・・
また生まれてなくなって・・・

その繰り返していく中で、

この作品では、
一旦、自我が崩壊するということは、この「死ぬ」ことを表しているのです。

碇シンジもそれを経験しています。

友達、仲間、信頼してた人を失ったり、

傷つけられたり、裏切られたりしながら、

自我が崩壊して何もかも嫌になって、

一旦、「全て無くなる」ことを望むんですね。

自分の意思で

「全部、みんないなくなっちゃえばいいんだ!」
「僕以外の人間みんないなくなっちゃえばいいんだ!」

と、望んでしまうのです。

それによって、起こったのが、

全員「水」になって溶けてしまうということです。

それぞれ、エヴァンゲリオンの中で全員いなくなり、
一旦滅亡します。

それが「人類補完計画」ということです。

ここで終わってしまってはダメなんです。

4.碇シンジは”綾波レイ”という自己と対話していた?

碇シンジは漫画の中では、全員がLCLの海になった後に、

「綾波レイ」という自己と対話をするんです。

なぜかというと、「綾波レイ」が「自己」というのは、

LCLの溶け合った世界では「”自分”も”他人”もない」からです。

この世界では、綾波レイと対話しながら、
実はこれは、“綾波レイ”に投影した自分自身と対話をしているのです。

対話した結果、投影した綾波レイは何を求めたのか?というと、

「もし人の手が自分を傷つけるかもしれないし、

1回繋いだ手はいつか離れるかもしれないけど、

もう一度あなたと手を繋ぎたい」

ということをい言うのです。

なぜかというと、

LCLの海では全員が一つになって手をつなぐ相手がいないから。

そうではなく、
「やはりちゃんと「個」というものを持って、
その上であなたと関わりたい」

ということを言った時に、ここで自ら再び人と関わることを望んだ時に
量子的な飛躍(クオンタムリープ)が起こります。

これが起こって何もない状態から、一段高い状態で

もう一度生まれ変わる。

もう一度「個」が発生するということになります。

これをやったのが、イエスキリストです。

一旦、死んだ状態から復活することで「神の子」として復活する、

ということです。

つまり、人類が進化するためには儀式・通過儀礼として必要である

一度、「死ぬ」ということを経て、

「量子的飛躍」を超こすことなのです。

これは個人の人生にも起こり得ることで

というかむしろ起こることなのです。

人生の節目節目で起こり得ること、
例えば、

・すべて失なう
・信用してる人に裏切られる
・大きな失敗をする
・大きな病気をする
・大きなショックを受ける
・アイデンティティ・クライシスが起こる

これらのときは、全部この「無」に還っている状態を意味してます。

でも、これってものすごくショックなこととかではなく、

「一段、高みに上がるタイミング」

ということなのです。

この「一度何もなくなった状態」から、
「一歩踏み出す」ことで量子的な飛躍起こってきます。

「人類補完計画」っていうのは

人類を一段高い存在するための計画なので

一旦、LCLの状態に帰って終わりではありません。

死海文書に書いてあることは絶対的な「終末論」です。

なぜなら、人類全員滅びないといけないことになります。

全員滅び、選ばれた人だけが生まれ変わって

「千年王国に行ける」という事を言ってるのですが、

「選ばれた人」と言っているが、
この時って

・選ばれる
・選ばれない

というのは「ない」のです。

なぜなら、何もないから。

「自分」も「他人」もない状態から

「選ばれる」っていうのは

要するに、「自分で選ぶ」ということです。

「いったん死んで、何もかも失って、ゼロの状態から
もう一歩自分が踏み出すことを選んだ人間だけが新しい世界に行ける」

という表現の仕方なのです。

それをそのまま行動に移して、一旦全員0になった。

碇シンジで描かれてるからわかりにくいかもしれませんが、
「私」も「あなた」もない状態なので、

1個の生命が、

「もう1回誰かと関わりたい!」
「誰かと触れ合いたい!」

と願ったから、

また新しくそのゼロから1が生まれそこから2が生まれ3が生まれて

一気にバッと広がって、また新しい人類が生まれる・・・

そういうパラレルワールド的に描かれているのですが、

人類は実際にこうやって、
「無に還ってまた生まれて、また無に還って生まれて・・・」と言って、

この漫画の中でも「人類て何度か滅びてるんじゃないか?」
と言ってましたけど、それは結局こういうことなのです。

でも、これはこの人類補完計画っていう何も漫画だけの話ではなく、
いつ自分の身に起こるかもわからない。

なぜなら、人間って成長していくから。

成長する過程で、自分で勉強して自分の望む分だけ成長していけるのであれば一番それいい
かもしれませんが、

それだけではなく、強制的に起こされることはあるんです。

エヴァンゲリオンでも完全に強制的に起こされていますからね。

「強制的に起こされる」ということは何か?というと・・・

・「裏切られる」
・「自然災害に遭う」
・「自分が持っていたものを失う」
・「自分が人を傷つけてしまう」

など、そういったこと誰の人生の中でもあると思うんですけど

その時にいったん自我が崩壊するくらいの
大きなショック受けたとしても

それは一旦、これでゼロに還っている状態と
同じことなので呆然とするかもしれませんが、

「一歩踏み出そう」と思うことで、
量子的飛躍が起こって、エヴァンゲリオンで言うと

「新しい世界が始まる」のと同じことを意味します。

この繰り返しが、同じ場所で繰り返すのではなく、

螺旋状に上がっていきながら何度も同じ失敗をしていくのです。

でも、それは同じ失敗をしながらも
一歩踏み出していくのですが、
「一段高いステージ」でまたやってしまうのです。

この一段高いステージでまた失敗をして、更に一個上に上がっていく・・・

そうやって、人っていうのは成長していきながら進化する。

それが本来の死海文書に書いてある人、

いわゆるこの「千年王国に行ける人」です。

そういうニュアンスで書かれていると思うんですね。

なので、このエヴァンゲリオンで起こっているこの世界観というのは、
漫画だけではなくて、実際に人それぞれ個人個人の人生の中でも

実は、起こっていることを描いています。

それは漫画にすると
今回お伝えしたことのようになるのです。

もし、何か嫌なことがあった時とかは、

碇シンジ君のように

「もう1回踏み出してみよう!」
「勇気を持って踏み出してみよう」

と思ってもらいたいなと思います。

今回は新世紀エヴァンゲリオンから

人類補完計画の裏メッセージを探ってみました。

ありがとうございました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です