映画「娼年」のあらすじと考察!ストーリーが意味するものとは

こんにちは、エンタメブリッジのごーです。

映画「娼年」は全編にわたって性的なシーンが描かれているためR-18に指定されています。

この作品は年齢制限をかけられながらも、全国の映画館で上映され女性を中心に大きな支持を得ています。

人気俳優の松坂桃季が主演を務めていることも人気の原因ではありますが、それだけではないと私は思います。

人のこころが癒される瞬間は、自身の秘めた欲望を肯定された時。

一般社会では倫理的につつましく生き、性的欲望はおさえておくことが望ましいと考えられています。

しかしこの作品はそんな倫理観の強い日本国内で、果敢に人間の深い欲望に追及しています。

誰もがこころの中に、誰にも言えない悩みや傷を抱えています。

映画「娼年」を観ると、登場するキャラクターの中の誰かにシンパシーを感じることができて癒しを得ることも可能になるのです。

「娼年」の作品紹介

公開日: 2018年4月6日 (日本)
監督:三浦大輔
原作者:石田衣良
原作:娼年
出演者:松坂桃季、真飛聖、冨手麻妙、猪塚健太、桜井ユキ、小柳友、馬渕英里何、萩野友里、佐々木心音、大谷麻衣、階戸瑠李、西岡徳馬、江波杏子
受賞歴:第10回TAMA映画賞最優秀主演男優賞受賞。

「娼年」のあらすじ


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続いて、「娼年」のあらすじ紹介にうつります。

物語の流れはいたってシンプル。

しかし、登場人物の欲望には感覚として、理解が難しい部分もあります。

一人ひとりのこころの声に耳を傾けましょう。

「娼年」のあらすじ(ネタバレなし)

「娼年」の主人公リョウは内気で無気力ながら、甘い顔に整ったスタイルと優秀な頭脳の持ち主でした。

毎日のようにただ流れていく怠惰な時間を過ごし、女性にも学業にも、そして自分の人生にも興味を無くしているような生活を送っています。

大学へは行かずに、毎晩のようにバーテンダーのアルバイトをして生活費を稼いでいました。

そこへ、同級生のシンヤと共に現れた静香。

静香は女性向けの会員制ボーイズクラブ「クラブ・パッション」を経営していました。

初対面の時にはただならぬ雰囲気を感じながらも、同級生ホストのお客様として接します。

しかし、静香が帰った後にグラスの底を見ると静香の名刺とメッセージが残されていました。

静香との出会いが、「女なんてつまらないよ」と言い放っていたリョウの人生を大きく変化させることになります。


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「娼年」のあらすじ(ネタバレあり)

有名大学に在籍しているものの、学校には通うことなく毎晩バーテンダーとして無気力な毎日を過ごしている主人公のリョウ。

ある日、リョウが働いているバーに同級生のシンヤがシズカを連れてきます。

シズカはリョウにメッセージを残して、バーを去ります。

しかしその後シズカは仕事終わりにリョウを誘い、自分が経営しているクラブ・パッションへ。

シズカはリョウを試験します。

話をすることのできないサクラとセックスをすることで。

シズカの前でセックスをするリョウとサクラ。

シズカの評価は5,000円で不合格でしたが、そこにサクラが5,000円を足しギリギリ合格点に達します。

それから娼夫として働き始めるリョウ。

初めてのお客さんはヒロミ。

ぎこちないリョウでしたが、二回目の指名も受けることができて、そのままホテルで情熱的なセックスをおこないます。

ヒロミからの評価はかなり高く、初めての給料を手渡しで受け取ります。

それから、娼夫としての才能を開花させていくリョウ。

二人目の相手はイツキさんという文学が好きな中年女性でした。

レストランでは哲学者プラトンの会話で盛り上がります。

この時点でイツキのこころは開かれています。

二人はイツキの家に移動します。

そこでイツキの過去の告白を聞くことになります。

イツキの性的欲望はおしっこを他人に見られることだったのです。

イツキの願望を満たすリョウ。

その後も本格的に働き、セックスレスの主婦や犯される妻を観ることに興奮を覚える泉川など、難しい要望にも応えていきます。

その後は、客だけではなく仕事仲間のアズマとも関係を持ちます。

アズマはバイセクシャルであるばかりか、極度のマゾヒスト的な性癖を持っていました。

アズマはリョウとのセックスの後で、自分の指の骨を折ってもらうようにお願いします。

さらにその次は、老女が相手。

この老女は相手の手に触れるだけで、エクスタシーに達することができます。

仕事が慣れてくるに従い、リョウはシズカへの気持ちが大きくなることを抑えきれなくなります。

そして、シズカを抱こうとします。

しかしシズカは自身がエイズであることを伝え、リョウの誘いを断ります。

ある日、リョウの大学の同級生であるメグミがリョウを指名します。

一時的には躊躇するリョウ。

しかし、メグミからの叱咤によりセックスをする覚悟をします。

二人は情熱的に性交渉をおこないます。

そんなリョウは、徐々に女性の気持ちや感情を癒すことができるようになっていきます。

そこで、シズカを愛しているリョウはクラブ・パッションで初めに受けた試験を再度受けさせてもらうことを提案。

エイズに感染しているために直接の肉体関係を結ぶことができないリョウとシズカは、サクラを介して交わるのです。

情熱的な三人のセックスの後、リョウが目を覚ますとそこにシズカの姿はなくサクラに手紙をたくし消えていました。

手紙の内容はクラブ・パッションが摘発され、シズカが逮捕されたこと。

そして、リョウの母親がどのような人生をたどったのかということを伝える内容でした。

リョウはシズカの手紙を読んだ後も、娼夫を続けます。

サクラと共に。

リョウは自分の仕事に誇りを持ち、今日も娼夫としてはたらくのでした。

「娼年」のみどころ


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つづいて「娼年」のみどころです。

何といっても、その愛の表現は見逃せません。

しかしながら、表面的な映像だけではこの作品を深く味わうことはできません。

ここからは、映画「娼年」のみどころとして、多くの人を魅了した理由を様々な点から考察します。

考察① 舞台と映画共に主演を務めた松坂桃李の迫真の芝居

主演を務めた松坂桃李さんは、インタビューで「AVを見て研究した」と言っています。

しかも、「腰が終わるかと思う」くらいに練習もしたとのこと。

それだけに、「娼年」の濡れ場のシーンは見ていて鬼気迫る演技がなされています。

濡れ場と言っても、登場人物それぞれに性癖もシチュエーションも異なる設定のため、それぞれに適した芝居をみせてくれます。

この作品でもテーマになっていますが、性的な思考は極めてプライベートなもの。

そのため、演じた本人の松坂桃李は自分の性癖しか知り得ません。

AVを見て研究できるのは体の動きまでになってしまいます。

人間の内奥の感情や欲望を表現するのは非常に難しかったと予想されます。

しかしながら、松坂桃李はこれら難しい役を迫真の芝居で演じきっています。

すべての女性との付き合い方が、それぞれに違います。

松坂桃李の迫真且つ繊細な芝居はみどころです。

考察② 松坂桃李以外の魅力的なキャストの面々

映画「娼年」は松坂桃李の芝居も見事ですが、脇を固める魅力的なキャストたちを忘れてはいけません。

ベテランの西岡徳間や江波杏子、真飛聖から新人の冨手麻妙にいたるまでさまざまな世代のキャストたちが特徴あるキャラクターを演じています。

冨手麻妙が演じたサクラは身体にハンディキャップを背負っている設定ということもあり、非常に難しい役どころでした。

しかし、この難しい役どころにも果敢に挑戦し、映画の専門家からの評価はかなり高いものになっています。

そして、人の手に触れるだけでエクスタシーに達することができる老女役を演じた江波杏子。

この作品を最後に、残念ながら亡くなってしまいました。

つまり「娼年」が江波杏子の遺作ということになりました。

最後に演じた老女は、人間の終着点ともいえるべき地点にいる役柄です。

悟りに近い位置にいる役柄を演じられたのは、江波杏子の役者人生の集大成だったのかもしれません

考察③ キャストたちが演じる人間の深き欲望

主人公のリョウが相手をする女性たちはそれぞれに、人には言えない欲望を抱えています。

夫とのセックスレスに悩む主婦からおしっこを誰かに見られたい欲望を持つ人、手を触れるだけでエクスタシーを感じられる熟練の老女など。

それこそ人々の欲望は多種多様です。

中には夫婦で会員制のクラブ・パッションを利用する人もいます。

さらにリョウは、娼夫としての仕事以外でも性交渉を何人とも持ちます。

映画内で描写されていたのは、仕事仲間で同じ娼夫のアズマとの肉体関係です。

アズマはバイセクシャルで、究極のマゾヒスト。

リョウとの性行為を終えた後で、自分の指の骨を折って欲しいとリョウに懇願します。

リョウがその願いをかなえると、アズマは至福の喜びを得るのでした。

ここで列挙しただけでも、映画「娼年」はかなり特殊で衝撃的な性癖を表現していることがおわかりでしょう。

しかしながら、登場人物の一人ひとりが抱えているこの欲望はリョウの前でしか表現ができない秘めた欲望なのです。

そんな誰にも言えない欲望の表現がこの作品の見どころのひとつなのです。

考察④ 「娼年」が意味するのは少年から大人への成長のプロセス

主人公のリョウは自分の殻に閉じこもり無気力で、セックスはするのものの女性に対しても興味がない人物です。

しかしながら、シズカの誘いによってクラブ・パッションで働き始め、あらゆる趣味嗜好を持った人々と性的にも感情的にもつながることで徐々に成長していきます。

リョウの心を閉ざさせていたのは、過去に母親に捨てられたというトラウマでした。

リョウは世代も仕事も欲望も異なる多くの女性を娼夫として癒す過程で、自らも自身の存在意義に気づかされていくのです。

つまりリョウは娼夫として、他人を癒すことで自らも成長させていくのです。

無気力で自閉的なリョウの心が、他の人とのふれあいによって精神的に成長していく様をこの映画はしっかりと描いています。


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考察⑤  R-18笑えるシーンもある生々しい性交渉の数々

映画「娼年」はほとんどのシーンを性交渉に割いています。

そのため、R-18指定されています。

単なる性交渉ではなく、あらゆるシチュエーションを楽しむことができます。

楽しむ、、、そうです。

たまに思わず笑ってしまえるシーンもあります。

たとえば、夫婦でクラブ・パッションを利用している泉川夫婦の場合。

泉川の妻・紀子はリョウに要望をします。

夫の前で自分を犯してください、と。

泉川は自分の妻が他人に犯されているのを目の前で見ることで、性的な興奮を得るのです。

妻は夫に献身的に尽くしているため、リョウに自らを犯すように依頼したのです。

しかも、妻が目の前で犯されているシーンを映像に収めたがります。

リョウは紀子を犯す芝居に一生懸命になりますが、なかなか身が入りません。

なぜなら、目の前には泉川がいるからです。

泉川は、リョウが迫真の演技で妻の紀子を犯せば犯すほど興奮してきます。

ついに泉川は自ら自慰行為へと発展します。

それを見たリョウは一瞬驚いてしまい演技を止めてしまいます。

しかしながら興奮している泉川は、行為を続けることをリョウにお願いします。

そして、最後はリョウと泉川が同じタイミングで射精します。

男性としての機能が無くなっていた泉川が復活したことを夫婦で喜びます。

「クララが立った」状態です。

このシーンはかなり笑えるシーン。

「娼年」私の視点


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ここからは個人的な視点です。

「娼年」では、リョウとシズカの未来が気になる部分でもあります。

リョウとシズカは結局どのような関係になったのでしょうか。

物語に描かれていない部分にも考察を加えています。

「人間とは何か?」ストーリーを通じて究極的に考察した作品

性交渉はほとんどの人が行うにも関わらず、公衆の面前ではタブーな話題とされています。

この映画がR-18指定されているのは、その証拠と言ってよいでしょう。

また一方では、たとえば居酒屋などでは多くの人が猥談で盛り上がっているもまた事実。

映画「娼年」は人間の欲望に対してタブー視することもなく、また単に猥談とすることなく真剣に取り組んでいます。

性交渉を単に生殖のためではなく快楽や癒し、そして愛の表現に使うのは人間を人間たらしめる要因です。

人間には欲望があり、その欲望を隠すことなく発散することで癒しを得られるのです。

そして、性交渉の時にのみ自らの欲望を発動させることで、日常生活でも公共性を乱すことなく生活していくことができるようになるのです。

映画「娼年」はそんな倫理や常識によって、隅に追いやられている万人が待っている問題を正面から取り上げているのです。

この作品ではリョウと関係を持ち、欲望と苦悩を発露したすべてのキャラクターが幸せな人生を歩み始めています。

生まれながらの性の悩みと社会的な癒し

人間は生まれながらに、性的な本能を持って生まれてきます。

しかしながら欲望は人によって異なり、特殊な性癖を持っている場合はなかなか人に打ち明けることができません。

リョウを指名してきたイツキもそういった秘めた性癖をもった人物です。

イツキは幼少のころに、幼馴染との帰り道で我慢できずにおしっこを漏らしてしまいます。

幼馴染は口を開けてそれを見ていました。

イツキはその時に何とも言えないような快楽を覚えます。

そうです、イツキはその時エクスタシーに達したのでした。

イツキはその後も、その快楽を忘れることができないまま年齢を重ねていきます。

イツキは知っていたのです。

自分の欲望はおしっこを他人にみられることだということを。

イツキはリョウに自分のおしっこ見てもらうように懇願します。

そのために利尿剤と大量の水分を飲んでいたのでした。

ついにイツキはリョウの前でその願望をかなえます。

そしてイツキは自分の最高の快楽を得るのでした。

この誰にも言えない性的思考を実現することでイツキの満たされない心は癒されたのでした。


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シズカが残した手紙の意味は?

「娼年」に登場するキャラクターの中で、唯一リョウと肉体関係を持たない人物がいます。

クラブ・パッションのオーナーであるシズカです。

シズカとリョウはお互いに愛し合っているにもかかわらず、最後まで肉体関係を持ちません。

一度、お互いに求め合いますがシズカが理性的に行為を断ります。

その理由は、シズカがエイズにかかっているからでした。

シズカもかつては、娼婦として働いていたのです。

しかしながら、この作品を観ている人の中には一つの疑問が浮かび上がっているはずです。

実はシズカがリョウの実の母親なのではないか、という疑問です。

残念ながら、作品の中でこの問いは明らかにされていません。

ただし、明らかなことはシズカが本当にリョウを愛していたこと。

そして、直接的に肉体関係は持たなかったものの、サクラを介して精神的に交わったということ。

そのため、シズカはリョウのトラウマを理解し、最後にリョウの母親の真実を手紙に託し伝えています。

シズカはリョウの傷を知り、癒すことができたのです。

肉体的な交渉は持たなかったものの、二人は精神的に共に絶頂に達しお互いを理解することに成功していたのです。

「娼年」をおすすめしたい人


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「娼年」はその性的な描写によりR指定を受けています。

しかし、恋愛の経験を重ねていない18歳以下の人には理解できないのも事実。

人間は人とのつながりの中で傷つけあうこともあり、励ましあうこともあります。

それらの、誰のものでものない個人の経験が個人の物語をつくります。

ここからは「娼年」をおすすめしたい人を紹介します。

非常に私的で誰にも打ち明けられない秘密を抱えている人

「娼年」は私的で誰にも相談ができないような、秘密や悩みを抱えている人におすすめしたい作品です。

人間は多くの人が誰にも言えない悩みを抱えているものです。

それが性的な欲望であったり、過去のトラウマや傷だったりと人それぞれです。

日常生活を送るうえで、人はそれぞれがそれぞれに表面的な自分自身を演じながら生活しています。

この作品の登場人物も全員、それぞれに人に言えない悩みや欲望を抱えながら日常生活を表面的に演じながら生きています。

そして、リョウはそんな女性たちを魅力的に感じています。

リョウは娼夫として、性的な快楽だけではなく人間の弱い部分や傷を癒し、欲望を満たすことに勤めるのです。

誰もが欲望を抱えているのです。

リョウは言っています。

「欲望の秘密はその人の傷ついているところや弱いところにひっそりと息づいている」

過去のトラウマに苦しめられている人

主人公のリョウは過去のトラウマによってこころを閉ざしてしまっているキャラクターです。

「娼年」はそんなトラウマを抱えた主人公が、徐々に成長しこころを開いていく物語です。

そのため過去のトラウマによって、こころに傷がある人には共感が持てる部分が多くあるかもしれません。

リョウのトラウマは母親に捨てられたこと。

しかも、母親がどのような経緯で自分を見捨てたのかわからないままであるということです。

リョウは勉強ができて顔も良く、女性には困らない生活を送っていますが満たされない気持ちで毎日を過ごしています。

そこでクラブ・パッションのジズカに出会い娼夫を始めるのです。

リョウは娼夫を続けていくことで、様々な傷を持った人々と出会います。

そして、自分だけがこころに傷を負っているのではないということに気づかされます。

人それぞれに悩みや歩んできた人生は違うけれど、人それぞれに傷や悩みを抱えているのです。

人に言えない傷を隠し持っている人は、同じく傷を抱えている人を癒す力を持っていて、映画を通してでも癒しを得ることができるかもしれません。


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「愛とは何か?」という悩みを抱えている人

恋愛の悩み相談はテレビでも雑誌でも、インターネットでもおこなっている時代です。

しかしながら、太古の昔から恋愛の相談が絶えないのは、「愛とは何か?」という答えに人類が達していないということでもあります。

愛は人類にとって、永遠のテーマでもあるのです。

「娼年」のテーマは、人間の欲望や傷といった深い部分にまで切り込んでいます。

性描写はかなりインパクトのある部分もありますが、それでも人間の根本的な部分も描いています。

この映画を観れば、自分が抱えている「愛とは何か?」という疑問に対して何らかの答えを得られるかもしれません。

愛が何かは当然のことながら、筆者もわかりません。

しかしながら、愛とは何かを知ろうとする過程で、間違いなく他人と向き合うことにはなるのは間違いありません。

誰かと接して初めて、愛は芽生えるからです。

つまり愛とは何かの答えを私たちに教えてくれるのは自分ではない誰かなのです。

それが恋人や一生の伴侶、親や子供かもしれませんし、映画の登場人物なのかもしれません。

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